“菅野に投げ勝った男” 日体大・辻が実力を証明=全日本大学野球選手権リポート

楊順行

春季リーグ10勝3敗、今季ブレークした辻

「いいですねぇ。菅野(智之・東海大)に投げ勝ったのも分かるな」
 並んで見ていたプロ野球の某スカウトが言うのである。大学選手権、奈良産大戦。ほれぼれするような、日体大・辻孟彦の投球だった。ストライクが先行し、追い込んでチェンジアップかフォーク。5回まで4連続を含む5三振を奪い、2回には自己最速に並ぶ147キロをマークした。許した走者は、エラー2つとひとつの四球だけという、ノーヒットペースだ。

 京都外大西高から日体大に進むと、2年春から先発の一角に。昨年まで9勝と、そこそこの成績を残していたが、負けが11。「結果を求めすぎた。味方のミスをカバーできない、ダメな投手の象徴でした」と本人は言う。ブレークしたのは今季だ。帝京大との開幕カードで1、3回戦を完封で飾ると、続く東海大戦。初戦こそ157キロ右腕でドラフトの超目玉・菅野に投げ負けたものの、2、3回戦を連続完封。3回戦では1対0と菅野に投げ勝ち、2007年春から41カード続いた東海大の勝ち点を阻止することになる。

 結局春季リーグは、チーム14試合中13試合に登板し、リーグタイ記録の5完封を含む10勝3敗。チーム13季ぶりの優勝に貢献したばかりか、2勝制のリーグ戦で10勝というのは、例えるならば、プロ野球・オールスター戦で江夏豊が記録した9連続三振のような、究極の新記録だ。何が変わったのか。新チームで投手責任者となり、自覚が芽生えたこと。12月には中・高の先輩であり、ドラフト指名された大野雄大(中日)から「お前も頑張ってプロに行けよ」とシリを叩かれたこと。
 そして……「力だけではなく、とにかく低めにボールを集めること」を覚えたのが大きい。2月の和歌山キャンプでは10日間で1500球を投げ込み、力を抜くコツを覚えた。なるほど見ていると、ベルトより上のストライクはほとんどない。そのあたりが、スカウトをうならせた非凡さだ。もともと、1試合あたり四死球は1個以下という、抜群の制球力がある。だからだろう、「ストライクが先行し、追い込まれるから、捨てろといった低めにも手を出してしまう」(奈良産大・三木孝廣監督)と、相手を手玉に取る。

やや不完全燃焼「集中が切れた」

 菅野のような、ねじ伏せる力感はない。だが、「菅野が田中将大なら、辻は岩隈久志」といわれる“術”が、凡打の山を築く。1試合の奪三振率は5以下でも、打たせて取る省エネ投法だから3連投でも可能なのだ。

 だが、この日……。“ノーノー”ペースの6回表、不運な内野安打からストライクをそろえすぎたところで、奈良産大打線に4連打を浴びて3失点。大量得点でチームは勝ったものの、やや不完全燃焼に終わった。辻は、反省しきり。
「しっかりとコースを突いていれば打たれないという自信はありました。ただ走者を置いて、ちょっと集中が切れてしまいましたね。でも、勝って反省できるのは一番の収穫」

 首都大学リーグの閉会式が終わったあと、菅野が握手を求めてきたという。オレたちの代表なんだから、選手権は頑張ってくれよ――。辻は、豊かな表情で言う。
「東海はホント、強いんで。もし変な試合をしたら、周りに“東海が出ていたらなぁ”と言われてしまうじゃないですか。だから、とりあえず初戦勝てたことが大きいと思います。やっぱり、菅野に勝てたことは財産になっていますし、それがフロックじゃないことを証明する必要がありました」

 さあ――準々決勝は、2試合連続タイブレーク勝利の台風の目・古葉竹識監督の東京国際大戦だ。もともと、連投のほうが調子がいい辻。この春も、延べ8回の連投のうち、前の試合より失点が多かったのは1回きりだ。日体大が初優勝を遂げれば……もう「東海が出ていたらなぁ」と言われることはない。

<了>
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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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