窮地を脱した錦織圭、全仏の赤土で輝きを放てるか!?=テニス

内田暁

8年前に得た、クレーでの大きな自信

創造的であり、躍動的な錦織のプレー。全仏でもその姿を見ることができるか!? 【写真:アフロ】

 一番好きなサーフェスは、クレー。最も勝ちたいグランドスラムは、全仏オープン――。

 クレーになじみの薄い日本と米国で育ったにも関わらず、錦織圭(ソニー)は、そう言い切る。
 そのような彼の赤土に対する思い入れは、8年の月日をさかのぼる少年の日……世界を明確に意識する契機となった、ある原体験へと連なっている。
 
 2003年夏――。当時中学二年生だった錦織は、フロリダのニックボロテリーアカデミー留学を一カ月後にひかえ、欧州クレーコートの14才以下大会を転戦した。
 結果は、連戦連勝。日出づる国からやってきた小柄な少年は勝ちに勝ちまくり、ほとんどの大会で優勝もしくは、準優勝の好成績を収めたのだった。

 米国に我が子をやることに少なからず不安を覚えていた両親は、この欧州遠征で息子の実力を確信し、錦織本人も「クレーが好きなのは、ジュニアの時に勝ちまくったからだと思う」と、やはりこの記憶の光を今もはっきり感じている。
 海外のトップジュニア選手にも勝てるというリアルな手応えと、自らの可能性に対する自信。錦織の、世界の頂点をも視野に入れた戦いは、この時から始まったと言っても過言ではないだろう。

クレーは錦織のテニスが最も輝くサーフェス

 事実クレーは、錦織が持てる才能を、最も発揮できるサーフェスだと言える。球足が遅く、ボールが高く跳ねるこのコートは、腕力自慢の大柄な選手が覇権を握ることも多いが、その一方で、ドロップショットやロブなどを巧みにあやつる、戦術眼に長けた技巧派の選手も得意とする。全仏3度の優勝を誇るグスタポ・クエルテン(ブラジル)は“コート上のピカソ”と呼ばれたが、それは彼が、まるでキャンパスに筆を走らせるようにボールを変幻自在に打ち、あふれるアイディアを赤土の上で表現したからだ。

 創造的かつ躍動的なプレーで見る者を魅了し、時に対戦相手のみならず、観客をも驚かせる意外性のあるショットを繰り出す。そのような錦織の遊び心と芸術性に満ちたテニスは、色彩豊かでどこか温かみのあるサーフェスの上でこそ、最も輝きを放つものだ。

 また、クレーは華麗な側面が強い一方で、ラリーが長く続くため、最も体力を必要とする過酷なサーフェスでもある。今年から、コーチやトレーナーを一新し、フィジカル向上に励んだ成果が、果たしてどこまで現れるか? 今大会は錦織にとり、それらを計る上での、一つの試金石ともなりそうだ。

腎臓結石は完治 窮地を脱した錦織の強さは証明済み

 全仏オープンに先駆けバルセロナで行われた前哨戦(バルセロナ・オープン・バンコ・サバデル)で、錦織は3回戦に進むまずまずの結果を残し、5月2日にはついに、松岡修造の日本人最高位に並ぶ、世界ランキング46位を記録した。バルセロナという街は、錦織が13才で欧州に名をとどろかせたその2年後、ジュニアデビスカップで日本を5位に導いた場所でもある。世界を意識した思い出の地で、日本の歴代最高峰に立ったというのも、どこか運命の符号を感じさせる偶然だ。

 全仏の直前には、腎臓結石を患ったとして入院までした錦織だが、その後一時帰国して治療を受け、ほぼ完全に回復したという。思えば錦織は、今年1月の全豪オープンでも、大会直前に盲腸の可能性がささやかれたが、順調に回復し挑んだ大会では、上位選手を破り3回戦進出の好成績を残している。そのジンクスにあやかる訳ではないが、窮地を脱した後の錦織の強さは、これまでにも証明済みである。
 
 8年前に得た小さいながらも確かな手応えの上に、何度も何度も栄光や挫折を塗り重ねた。そして今、錦織圭は「最も好きだ」という大会で、日本人未踏の地へと歩みを進める。

 これ以上ないまでに、舞台は整った。

 あとは主役が、赤土のキャンパスに勝利という絵を描くだけだ。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント