映画『クラシコ』の後日談=JFL前期第8節 松本山雅FC 2−1 AC長野パルセイロ

宇都宮徹壱

信州ダービーを制した松本の勝因は3つ

開始早々の4分に先制して喜ぶ長野サポーター。しかし松本は前半ロスタイムに今井のゴールで追いつく 【宇都宮徹壱】

 試合は、開始早々の4分に土橋宏由樹のゴールで長野が先制。しかし松本は前半ロスタイムに今井昌太が混戦から左足でミドルを決めて同点とし、さらに後半ロスタイムには木島徹也の2試合連続ゴールにより、松本が逆転勝利を収めた。松本というチームは、重要な試合で劇的な勝利を収めることが多く、サポーターの間では「山雅劇場」と呼ばれているが、まさにそれを地で行く展開であった。試合内容については、すでに元川悦子さんのコラムがアップされているので、私が多くを語る必要もあるまい。ここでは松本の勝因についてのみ、3点ほど挙げておく。

 勝因その1は、4−4−2から3−5−2へのシステム変更の決断である。吉澤英生監督は前節、大型補強として注目された松田直樹をボランチに起用したが、今回は「守備重視」ということで3バックの真ん中に置いた。そして攻撃面では、両サイドに起点を作るべく、サイドバックの今井と鐡戸裕史を両ウイングに上げた。風下に立たされた前半はなかなか機能しなかったものの、風上となった後半には攻守が見違えるくらいにかみ合い、見事な逆転劇を可能にさせた。それにしても、これまで一度も試したことのない3−5−2を、この重要な試合で採用した吉澤監督の決断力には恐れ入る。前節、松本はブラウブリッツ秋田に、ホームで1−2と敗れている。新システム導入に失敗し、アルウィンで連敗を喫していたら、最悪なチーム状態になっていたかもしれない。

 勝因その2は、前半ロスタイムでの今井の同点ゴールである。あれよあれよと先制された松本は、その後も簡単にボールを失ったり(向かい風の影響もあったが)、長野に有利な判定が続いたため、選手もサポーターもかなりフラストレーションがたまっていた。0−1のまま後半を迎えていたら、ハーフタイムでの修正も厳しかったと思う。今井の同点ゴールは、ゴール裏でカメラを構えていた私には「思い切って蹴った」という印象が強いが、それでもこの一撃によって試合の流れは明らかに変わった。

 そして勝因その3。それは、スタンドのほとんどをグリーンに染めた、松本サポーターの存在である。彼らは単に、選手を後押ししたのではない。ライバルに勝利することを強く求めていたのである。後半39分、長野の薩川了洋監督は、足がつった土橋に代えて塚本翔平を投入することで、1−1での逃げ切りを決断する。前節のジェフリザーブズ戦に大勝している長野にとり、アウエーでの松本戦は勝ち点1でも十分であった。しかし地元・松本のサポーターは、決して空気を読むことなく、あくまでも勝利をチームに求めた。ロスタイムでの決勝ゴールは、ある意味「必然」であったと言えるだろう。

試合後に出会った長野サポーターの母子

長野に逆転勝利し、松本の一員として公式戦初勝利に貢献した松田(3)は、全身で喜びを表現していた 【宇都宮徹壱】

 この日の試合は、おりからの強風にさらされ、しかも前半30分くらいから小雨も降ってきた。にもかかわらず、入場者数は「1万1663人」と発表されている。もちろん、今節のJFLでは最多。J2でもこの数字を超えたのは、味の素スタジアムで行われたFC東京対コンサドーレ札幌だけである。JFLというカテゴリーであることに加え、松本市の人口が約24万人であることを考えると、いかにこの数字がけた外れであるか、容易に理解できるだろう。

 試合後、印象に残ったことについて、これまた3つほど挙げておきたい。まず、長野の薩川監督のコメント。コーチ時代も含めて、松本にはなかなか勝てないことに、会見では現役選手のような悔しさをのぞかせていた。
「(松本には)今までで一番勝ちたかった。松本は(Jリーグ準加盟で)あとは成績だけ。でも長野は、グラウンドの問題も含めて、クリアすべき問題がいくつもある。そういった意味でも、とにかく(今日は)自分の中で一番勝ちたかった試合でした」

 続いて、横浜F・マリノスから移籍後、松本での公式戦初勝利に喜びを爆発させていた松田のコメント。ワールドカップ出場と日本代表40キャップという、まぶしすぎるほどのキャリアを誇るこの男にとっても、新天地での初勝利は格別だったようだ。
「『クラシコ』という映画を見たけど、これまで(チームの歴史を)積み上げてきた人たちの思いがすごかった。松本の一員として、やらなければならないことはまだまだある。1年後、さらにいいチームにして恩返しがしたい」

 最後に紹介したいのは、名も知らぬ長野のサポーターである。取材を終えてタクシーを探していると、目の前をオレンジ色のレプリカを着た母子が急ぎ足で横切ってゆく。母親は20代後半くらい、息子は小学校低学年くらいだろうか。2人とも口を真一文字に結んで、強風と雨の中をただ黙々と歩いている。誤解を恐れずに言えば、この瞬間こそ、この日私が最も感動したシーンであった。きっとこの母子は、この敗戦を生涯忘れることはないだろう。そしてホームで松本を迎える際には、アルウィンでの雪辱を果たすべく、声をからして声援を送ることだろう。そうやって、映画『クラシコ』の後日談は紡がれていく。松本まで遠出して、本当に良かった。本当に、良いものを見せてもらった。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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