松田直樹、JFLで見つけた希望と責任=松本山雅をJ1へ導くために

元川悦子

松田攻め上がりに思い切りが感じられない

「松本山雅をJ1に上げるために来た」。松田(中央)は自身の経験をすべてチームに伝え、昇格を目指す 【宇都宮徹壱】

 強風かつ小雨という悪天候の中、試合は始まった。前節の勢いのまま頭から一気に畳み掛けたのは長野だった。開始4分、宇野沢の流れるようなヒールパスに飛び込んだ33歳のボランチ、土橋宏由樹がゴール。松本山雅はまさかの失点を許す。松田率いる最終ラインの前のスペースがポッカリ空いてしまう信じ難い光景だった。「山雅のDFは高さと強さはあるけど速さがない。そこが狙い目だった」と宇野沢は語るように、松田らはいきなり弱点を突かれた格好となった。

 強風の難しさとさらなる重圧がのしかかった松本山雅はセカンドボールを拾えず、ズルズルとラインを下げてしまう。そこでチームを鼓舞したのが松田だった。「自分がやるべきことはまず声を出すこと」という考えが彼にはあるからだ。ボランチの須藤右介もこれに呼応し、「前半は風下でまともにボールコントロールができないし、無理せず守って後半につなげよう」とチーム全体に意思統一を図った。

 松田はキャプテンである須藤とのコミュニケーションを特に重視する。「キャプテンのあいつには、もっとやらせないといけないんで、普段からすごく要求している。オレの考えが右介からほかの人に浸透してくれればいい」と話す通り、2人の関係が今季の松本山雅の重要な柱になっている。

 J1レベルを知る松田、須藤らを中心に前半の30分間、長野の猛攻をしのいだ松本山雅は徐々にリズムを取り戻す。そして前半終了間際に長野県上松町出身の右アウトサイド、今井昌太が同点弾をゲット。これで松本山雅は本来の落ち着きを取り戻す。後半は主導権を握り、右の今井、左の鐵戸裕史の両サイドも深い位置までたびたび侵入。松田も攻撃参加を数回見せた。

 ただ、その攻め上がりには横浜F・マリノス時代ほどの思い切りが感じられなかった。「自分がどこで攻撃に行ったらいいのか、守備重視でいた方がいいのかという葛藤がある。自分が上がった時にカバーしてくれるやつがいないとやられるし、そこまでの関係がまだ構築し切れていない」と本人は課題を口にする。吉澤監督も「ここは代表や横浜FMじゃない。松田が上がったら穴が空く。まずはしっかり守ってほしい」と要求していることもあり、彼は汚れ役に徹していたようだ。

 終盤まで1−1だった試合の均衡が破れたのは後半ロスタイム。決勝点を奪ったのは、地域リーグやJFLを渡り歩いてきた雑草魂を持つ木島徹也だ。「地域リーグ時代からの絶対的エースだった柿本倫明(現アンバサダー)が引退した今、2ケタ以上の得点を期待できるのは徹也」と吉澤監督も太鼓判を押すストライカーのゴールが決まった瞬間、アルウィン全体から地鳴りのような大歓声が沸き上がった。そしてサポーター席から「ワンソウル(1つの魂)」の大合唱。「あのワンソウルっていう声を聞いた時はホントに気持ち良かった」と松田もしみじみ語っていた。

 劇的な逆転勝利で宿敵・長野を下し、喉から手が出るほど欲しかった勝ち点3を獲得したことで、吉澤監督も選手たちも心から安堵(あんど)した様子を見せた。松田も「たかが1勝だけど、今日の勝ちは大きい」と素直に喜んだ。
 とはいえ、内容が良かったとは言い切れない。吉澤監督も「立ち上がりの入り、不用意にボールを失いすぎたこと、不必要なファウルが多すぎたこと。この3つは確実に修正しないといけない」と苦言を呈した。連係面もまだまだ完成には程遠い。

「本気でJ1を目指すように、もっと要求していく」

 今季の松本山雅は、流通経済大出身のGK白井裕人、松田、ロアッソ熊本から移籍してきたボランチの渡辺匠、FWの木島良輔と、センターラインを担う選手の大半が新加入。まだスムーズに連動できるレベルには至っていない。中盤でリズムを作れるボランチの不在、木島兄弟に依存しすぎる決定力という課題もある。「今後、引いて守る相手が増えてきたらスピードタイプの木島兄弟では厳しくなる。その時にどうするかが1つのテーマになる」と吉澤監督も先々を厳しい目で見据えている。

 企業チームとアマチュアが混在するJFLには、Jにはない難しさがある。松本山雅の選手も半分は働きながらのプレーを余儀なくされている。練習場所も日替わりで、天然芝を毎日使えるわけではない。猛暑の夏場もデーゲームが一般的だ。コンスタントに戦うのが非常に難しい環境ゆえに、選手個々が常に高い意識を持ち続ける必要がある。
「オレは松本山雅をJ1に上げるためにここに来た。今日の昌太(今井)の同点ゴールもそうだけど、みんなすごくいいものを持っている。上を見てきた自分には仲間のプレーの幅を広げるという仕事もある。自分の経験を積極的に伝えることで、みんなが本気でJ1を目指すようになってほしい。そのためにももっと要求していくつもりだけどね」と松田は語気を強める。

 かつて、フィリップ・トルシエ元日本代表監督と真っ向から意見を戦わせたことのある男は「Jリーグ基準」を植えつけようと必死だ。そんなベテランの存在を若い選手たちも心強く感じている。
「細かいポジショニングとか精神的なことをすごく言ってくれるんで、マツさんの声を聞くことで試合中も落ち着くことがある。J1でやっていたことを押しつけるんじゃなくて、JFLの松本山雅をよくするために考えてくれるのがよく分かります。自分たちも目指すところが高くなった」と、今井はピッチ上での松田効果をこう評していた。

 吉澤監督も「松田が備えている能力の高さは誰もが認める通り。周りは彼と同じ努力をしているだけでは絶対に追いつけない。どうしたら松田を抜けるか、ほかの選手たちにはよく考えてほしい。松田自身もまだ力を出し切っていない。移籍当初から何度も話したが、この1勝で『自分がやらないとこのチームは成り立たない』と彼は強く思ってくれたはず。それを今後の練習態度やパフォーマンスにつなげてもらいたい」と大きな期待を寄せる。

 Jリーグ基準を満たした2万人収容のスタジアム、熱狂的なサポーター、財政基盤などJ2昇格への体制は整いつつある。残された「JFL4位以内」というノルマを達成するには、ずぬけた存在感を持つ男、松田直樹の働きが欠かせない。昇格請負人として力強くチームをけん引し、サッカー後発地域の小クラブを大舞台へと送り出せるか、見守ろうではないか。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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