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松田直樹、JFLで見つけた希望と責任
松本山雅をJ1へ導くために

J2昇格最有力候補ながら開幕戦は逆転負け

松本山雅は長野との“信州ダービー”で逆転勝利。松田(右から2人目)加入の効果もあり、スタジアムには1万1663人が詰め掛けた
松本山雅は長野との“信州ダービー”で逆転勝利。松田(右から2人目)加入の効果もあり、スタジアムには1万1663人が詰め掛けた【宇都宮徹壱】

 東日本大震災の影響でJリーグ同様、開幕が4月23日にずれ込んだジャパンフットボールリーグ(JFL)。今季、最も注目を集めているのがJ準会員の松本山雅FCだ。元日本代表の松田直樹を筆頭に、昨季、町田ゼルビアでプレーし16ゴールをマークした木島良輔ら8人を大胆補強した。町田の唐井直GM(ゼネラル・マネジャー)も「戦力的に最も充実している」と評す。就任4年目となる松本山雅の吉澤英生監督は「フロントには頑張っていただいた。あとは結果を出すだけ」と強調。昨季7位に終わった雪辱を晴らし、J2昇格を決めるべく、この1カ月半の間、着々と準備を進めてきた。


 ところが、24日の開幕戦、ブラウブリッツ秋田戦で、彼らはまさかの逆転負けを喫した。前半のうちに木島の実弟・徹也の先制点が決まり、松本山雅には余裕が生まれた。だが、後半に足が止まって2失点。最も注意すべきだった昨季JFL得点ランキング2位の松田正俊に決勝点をたたき込まれたのだ。JFLの舞台に初めて立った松田も「正直、前半は楽だなと思ったけど、それが裏目に出た。負けたのはオレのせい。このリーグはナメたら絶対に勝てない」と厳しい現実に直面した。


 初戦黒星でJ2昇格最有力候補は大きなプレッシャーにさらされた。JFLという未知なるリーグに対し、松田自身も不安と脅威を一段と強く感じたようだ。しかも2戦目はホームでのAC長野パルセイロ戦。全国リーグ初の“信州ダービー”ということで地元は試合前から大いに盛り上がっていた。

松本と長野の因縁深い“信州ダービー”

 全国的にはなじみが薄いであろう信州ダービーだが、長野県内では大きな意味合いを持つ。松本と長野が根深い対立構造にあるからだ。その発端は明治時代にさかのぼる。城下町として栄えた松本は廃藩置県後、筑摩県の県庁所在地となった。それから10年も経たない1876年に庁舎が焼失し、長野県に吸収合併されてしまった。中心都市の座を長野に奪われたを松本市民の不満は根強く、その後も何度か分県運動も起きている。

 1978年のやまびこ国体で開会式を松本、閉会式を長野で実施したり、松本に空港を作った後は長野に新幹線を通すなど、長野県では政治も常にバランスを求められてきた。複雑な要素が絡み合ったこの一戦を「日本で唯一のリアルダービー」と言い切る学者さえいる。


 それだけに県内での注目度は際立って高く、30日の松本平広域公園総合球技場(アルウィン)は1万1663人もの観客動員を記録した。この数字は前日のJ1・柏レイソル対ヴァンフォーレ甲府戦の1万319人を超えており、3部リーグとしては驚異的である。

 松本山雅の大月弘士社長は「ダービーの盛り上がりも大きいが、松田加入の効果も否定できない。『元代表選手がいるなら、一度見にいってみようか』というファン、特にお年寄りの方が多かった。今季は3億15000万円の収入目標のうち、入場料と物販で1億2300万円を稼ごうと考えているが、彼はこの数字にも貢献してくれると思う」と分析していた。松田効果も重なって熱心なサポーターが結集してくれたことで、松本山雅の選手たちも大いに闘争心をかき立てられたはずだ。


 吉澤監督は秋田戦の4−4−2から今季のベースである3−5−2に戻した。「3バックは松田ありきの布陣」と指揮官が言うように、彼を最終ライン中央に据えることで堅守を構築しようとしている。JFL1年目だった昨季は序盤戦の大量失点が最終的に命取りとなった。ゆえに今季こそ失点の少ないチームを作りたいのだ。


 一方、柏などで活躍した薩川了洋監督が指揮を執る長野は4−4−2。U−16代表として内田篤人らと2004年のAFC U−17選手権(当時)を戦った経験のあるDF大島嵩弘、03年ワールドユース(現U−20ワールドカップ)のメンバーだったFW宇野沢祐次を擁して、人とボールが動くパスサッカーを志向する好チームだ。今季JFL初参戦ながら、開幕のジェフリザーブズ戦を4−0で圧勝。最高のスタートを切っていた。

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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