「すべてをかけて」金メダル獲得へ! フェンシングの競技力向上のために=太田雄貴単独インタビュー

田中夕子

北京五輪フェンシング男子フルーレ銀メダリスト太田雄貴に単独インタビュー。今年の活動やロンドン五輪への思いなどを聞いた 【スポーツナビ】

 2008年に行なわれた北京五輪フェンシング男子フルーレで、日本人初となる銀メダルを獲得した太田雄貴(森永製菓)。“日本フェンシング史上最高の才能”と称され、その期待に対し見事に応えたエースは、大会後も光が衰えることなく、常に成長を続けている。2009年には、世界ランキング1位に上りつめるなど、質実ともに日本のフェンシング界を引っ張る存在となった。

 そして2011年、ロンドン五輪を翌年に迎えた今、太田選手の新たなサポーターとして、大手スポーツブランド「アディダス」との専属契約が決定。頼もしいバックアップを得たことで、最大の目標である五輪表彰台の最上位に立つ準備と、日本におけるフェンシングの普及に励んでいる。
 今回、太田選手にインタビューを行い、1年後に控えたロンドン五輪に向けての活動や心境、そしてフェンシングへの思いなどについて聞いてみた。

若手の成長がいい刺激に 団体でのメダル獲得も目指す

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――いよいよ来年はロンドン五輪。フェンシングの五輪出場条件は?

太田:今年の5月から来年3月31日付までの1年間の世界ランキングで、団体の上位4チームは無条件でロンドン五輪に出場することができます。そこにプラスして各大陸予選最上位を加えた計8カ国の団体戦メンバーの3人、合計24人は五輪出場権を得られます。さらにワイルドカードとして最終予選を勝ち上がった数名が出場できる仕組みですが、日本の男子フルーレが目指しているのはあくまでも最初のトップ4。世界ランク4位以内でロンドン五輪の出場権を手にすることです。

――現時点の(団体)世界ランクは3位。今年1月のワールドカップ初戦(パリ)でも優勝、幸先いいスタートを飾っていますね

太田:ここまでワールドカップ3戦を終え、1位、4位、4位。びっくりするぐらい、いい状態ですね。ただ、5月以降の大会で世界各国がどのような形で迎えてくるかわからない怖さもあります。とはいえ1戦1戦必死に戦うことしかできないので、あまりポイント換算などはしないように、点数を考えず、挑みたいと思っています。

――団体メンバーは各国3人で構成されますが、日本チームは若い選手も入ってきました

太田:三宅(諒)、淡路(卓)の若手2人の存在は福田(佑輔)選手や市川(恭也)選手や千田(健太)選手、僕も含めてベテラン勢にとっていい刺激になっていますし、追われることによってチーム内の競争も生まれています。チーム内競争がより激しくなればなるほど国としての競技力はより向上すると思うので、そういった点では今はいい状態ですが、だからこそ、次の手を打っていかないと。「いい状態だ」と言っているだけでは、彼らが僕の歳になった頃、また「次の選手がいない」ということになってしまうので、若い選手がどんどん出てくるように育成もしていかないと。競技人口を増やす動きを僕らも仕掛けていかなければならないと思っています。

――フェンシングでは「選手会」を結成してさまざまな取り組みが為されています。育成のためには、具体的にどんなことを行っているのでしょうか?

太田:競技人口を増やすには、まず、部活に入ってくれる子どもたちを増やしたい。今までのフェンシングは、全身タイツを着た2人組が壇上で部活紹介をするだけなんです。……カッコ悪いじゃないですか。だから今年は部活紹介ビデオを僕らでつくったんです。それを選手会の活動として、全国の高体連に加盟している学校に「フェンシングの競技人口増加につなげて下さい」というメッセージを込めて、1つ1つ送りました。少子化で、尚且ついろんなスポーツが選択肢として増えている中で、いかに他との差別化を見出してフェンシング競技に引き込めるかがすごく大事なこと。現役であるうちに、もっと考えなければならない課題だと思っています。

「期待されてプレッシャーになっても、そのプレッシャーが気持ちいい!」

――その先頭を走るのが太田選手、今回のアディダスとの契約など、常に注目される存在であることにプレッシャーはありませんか?

太田:選手にとって一番つらいのは期待されないことですから、求められるものが高ければ高いほど僕はうれしく思います。いろんな人に期待されて、それがプレッシャーになってもそのプレッシャーが気持ちいいんです。アスリートはプレッシャー依存症なので、緊張やプレッシャーがないと生きていけないし、ここ一番の時にはそのプレッシャーが力に変わる。こうしてアディダスと契約を結ばせていただけたことも、アスリートとしてはありがたい限りですし、今まで以上に頑張ろうという気になります。(CMでフェンシングをしている元サッカーフランス代表の)ジダンと、僕が対戦したいですね(笑)。CGでジダンの髪型だけ変えず、顔の部分を僕にしてもらえるように(笑)。CMでフェンシングが流れることも競技にとってはいい流れだと思いますし、みなさんにとってもフェンシングが身近になればうれしいです。

――東日本大震災後、多くのアスリートがさまざまな形で支援を表明しました。太田選手自身は、今スポーツにできることをどう考えますか?

太田:アスリートとして社会との結びつきというのは、永遠のテーマだと思います。スポーツの価値を、選手たちが自分たちで考えなければならないタイミングに今来ているのだと思います。
 これは僕自身の考えですが、ただ生きるだけであれば一定量のご飯と衣服と住居、ある程度の衣食住があれば生きていけます。でも人間が喜びや幸せを感じる時は、その一定量以外のものを見た時であり、そこに感動が生じると思うんです。たとえば何かを食べて「コレ、うまい」と思うけれど、それは生きるためには必要ないかもしれない。でもその喜びがなければ人は生きていけない。それは、スポーツも同じで、生きるために必要ではないかもしれないけれど、人間が喜びを感じるためにある。スポーツと社会、スポーツと教育、いろいろな形でスポーツが結び付ける部分はあるはずです。
 そのために形にしていきたいことはたくさんあります。僕は2年前から、子どもを対象に「太田雄貴杯」を開催していますが、前回チャンピオンになった子が、この震災でトロフィーや荷物を全部流されてしまったと聞きました。彼らがフェンシングをできるようになるまではずっと支援をしていきたいと思いますし、フェンシング界全体で支えていきたいです。

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――震災からの復旧、競技力向上のための育成、広い意味でこの1年を通してどんなことに取り組みたいと考えていますか?

太田:まずは自分たちの活動を、外に向けて伝えることですね。これだけインターネットが普及していますので、ユーチューブやツイッター、ユーストリームやミクシィなどをうまく使って、試合や練習の様子だけでなく、フェンシング選手に必要なトレーニング、ウォーミングアップも動画で流せれば、どこにいても同じ情報を共有できるようになります。フェンシングを愛してくれている人、愛している人に対して自分ができること、現役じゃないと伝えられないことがあるので、現役のうちにいろんなことができるように。ない知恵を振り絞って取り組みたいと思っています。

――北京の前は「競技を知ってほしい」という志でしたが、今はさらに先を見ている感があります

太田:求める位置が高くなったんです。求めるものの位置が高くなったから、要求されるものの位置も高くなり、その要求に応えなきゃならない。これはすごくいい流れだと思います。周りの選手も競技以外の面における取り組みも含めて、フェンシングのナショナルチームであることを自覚し、プライドを持ち始めた感はあります。だからこそ、ナショナルチームの一員というだけでホッとするような環境にはしたくないので、他競技のトップアスリートの話を聞いて「まだまだこんなにすごい人がいるのか」と感じてもらうために、選手会で定期的に勉強会も開催しています。情報や知識を独り占めするのではなく、分け合うことが競技力向上にもつながるはずですから。

――当然、太田選手にはロンドンでの競技成績にも期待がかかります

太田:それはもちろんですね。今回、アディダスの新ブランドメッセージでもある「adidas is all inすべてをかけろ。」の言葉のように、僕にはロンドンですべてをかけて戦う責務があると思っています。自分が結果を出すことでいろいろな人たちにフェンシングを見てもらいたいし、その時に「フェンシングはいろいろなことをしているな」と知ってもらうのが理想的ですね。そのためには、僕自身も確実にロンドンで活躍できるように準備をする。最近の自分自身のモットーは「疑うな」です。できない、と思ったら何もできません。だから僕は、自分が金メダルを取れないわけがないと思っています。もちろんそれは1人でできることではなく、支えてくれる人たちがいるからできること。サポートしてくださる人たちと一緒に、ロンドンでは大きなものを取りに行きたい。すべてをかけたいです。
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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