テニスコートから届いたサポート=ウォズニアッキ、ジョコビッチが示した日本への思い

内田暁

ウォズニアッキとアザレンカ、日の丸を手に黙とう

ウォズニアッキ(写真)は「日本のために」とアザレンカとともにメッセージを寄せた 【Getty Images】

 「Our thoughts are with you! Caroline & Victoria」
(私たちの思いは、あなたたちとともにあります! キャロライン&ビクトリア)

 期せずして目にした日の丸に、大きく書かれたこの一文を見たとき、胸に熱いものがこみ上げてきた。

 米・カリフォルニア州で開催されたBNPパリバオープンの女子準々決勝。ベスト4をかけ激突するはずのキャロライン・ウォズニアッキ(デンマーク)とビクトリア・アザレンカ(ロシア)は、旗を手にしてコートに入り、主審に黙とうの時間を取るようお願いすると、二人で日の丸の四隅を握り、静かに目をつぶって、顔を伏せた。アメリカ西海岸の強い日差しに照り返された青いコートに、日の丸の白と赤が鮮やかに映える。旗を握る二人の選手の金髪も、陽光を浴び美しく光っていた。
 コート上で静謐(せいひつ)な時間が流れるのとは裏腹に、その時のプレスルームは、ちょっとした騒ぎになっていた。大会の広報担当者やWTA(女子テニス協会)のスタッフたちも、「あの娘たち、何を始めたの?」、「日本の国旗だ!」、「何かメッセージが書いてあるよ……」などと驚きの言葉を口にする。

 プレスルームで試合の撮影準備をしていたカメラマンたちは、「あんなことするなんて、どうして事前に教えてくれないんだ! 撮りそこねたよ」とスタッフたちに詰め寄るが、彼らも知らなかったのだから、仕方ない。

 この、ささやかながらも濃密な思いのこもったセレモニーは、大会側が用意したものではなく、日本にもなじみの深い二人の若い選手が、自分たちで考え、実行したことだった。

「心に届くものを」2人が書いたメッセージ

「昨晩、ビクトリアと二人で話してやることを決めたの」

 試合後(試合はアザレンカのケガによる途中棄権でウォズニアッキの勝利)、ウォズニアッキは、そう明かす。
 実はこの試合の2日前に、彼女は「日本のために何かしたい。ただ、果たしてそれがどういう形で実現できるのか……今はまず、手法を見つけなくては」と、歯がゆい思いを口にしていた。
 毎日のように試合が行われ、選手のスケジュールが分単位で組まれる大会中では、実行可能なことは当然限られる。それでも、何か自分に今できることをと考え、そして彼女が選んだのが、この“旗にメッセージを書く”という行為だったのだ。
 
 そのアイディア実行への道のりは、決して平坦ではなかった。

 まず旗が要ると考えたウォズニアッキは、自分のマネージャーに「日本の国旗を手に入れてきて」とお願いしたと言う。だが大会が行われているのは、大都心から遠く離れた、砂漠の中央に広がるリゾートである。旗を買えるような店など、そうそう近くには存在しない。それでも何とか見つけ出した店は、会場から車で2時間ほど離れた場所であった。

 「お願いだから、車で行ってきてちょうだい!」
 ウォズニアッキは有無も言わさず、マネージャーに車を飛ばさせた。
 数時間後。折り目もくっきり見える真新しい旗を手にしたウォズニアッキが向かった先は、翌日の対戦相手であり、親友でもあるアザレンカのもとだ。

 日本のためにメッセージを、との考えを説明すると、親友も快く賛同してくれた。そうすると次なる懸案事項は、そのメッセージをどのような物にするか……ということ。二人であれこれ考えをめぐらせ、最終的には、「シンプルながらも、心に届くものを」との思いから、先述の一文に落ち着いた。

 実際にペンを取り、旗にメッセージを書き込んだのは、ウォズニアッキ。
「完ぺきに書かなきゃと思ったから、手がつりそうになっちゃった」そう照れ笑いするほどに几帳面(きちょうめん)に書かれた文字は、力強く、そして温かみに満ちていた。

勝負を超えた女王らしさを持つウォズニアッキ

 笑顔がトレードマークのウォズニアッキは、昨年末に世界1位となり、現在もその座に君臨する名実ともにテニス界の顔とも言える選手だ。今回のBNPパリバオープンでも優勝し、20歳にしてキャリア獲得タイトル数は14に達している(なお優勝者スピーチでも、彼女は「日本のことを思っている」とコメントした)。

 その一方で、やや守備偏重なプレースタイルと、いまだグランドスラムを獲得していない事実がしばしば批判の対象になり、「グランドスラムを取っていないあなたに、1位の資格があると思うか?」との質問をぶつけられたことも多々あるほどだ。

 では一体、世界1位の資格や責務とは、どのようなものだろう? その答えは一つではないだろうが、勝負の世界に身を置いてなお、今回のような行為を行う視野の広さと情の深さこそ、グランドスラムで勝つこと以上に重要な女王の資質だと、個人的には思っている。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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