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小笠原なくして鹿島の悲願はなし得ない
王座奪回、アジア制覇を狙うベテランの決意

予想外の苦境に見舞われた2010年

ACL初戦・上海申花戦の遠征メンバーから外れた小笠原だが、J開幕には間に合うようだ
ACL初戦・上海申花戦の遠征メンバーから外れた小笠原だが、J開幕には間に合うようだ【写真:北村大樹/アフロスポーツ】

 2009年にJリーグ3連覇を達成し、MVP受賞という最高のシーズンを送った小笠原満男。しかし2010年は予想外の苦境に見舞われた。

「国内だけじゃなく、アジアも制したい」と闘志を燃やしていたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)は、5月のラウンド16で浦項スティーラーズ(韓国)に苦杯をなめ、早々と夢がついえた。この直前に一縷(いちる)の望みを託していたワールドカップ・南アフリカ大会の日本代表から落選。2つの大きなショックを乗り越えようと、気持ちを奮い立たせてJリーグ4連覇に挑んだが、夏ごろから予想外にパフォーマンスが低下した。途中交代が増え、小さなけがとコンディション不良に苦しむようになる。


 オズワルド・オリヴェイラ監督は「彼は精神的に影響をもたらす選手。簡単には代えられない」と絶大な信頼を寄せ続けたが、結局のところ、チームを優勝には導けなかった。鹿島は予想外の4位に沈んでしまう。何とか天皇杯を制覇することでACL出場権は確保したものの、小笠原にとっては「不完全燃焼」が色濃く残る1年だったに違いない。


 迎えた2011年。プロ14年目の今季こそ、前年まで達成できなかったACL制覇とJリーグタイトル奪還を是が非でも果たす……。そう誓った小笠原は2月の始動時から追い込みをかけた。宮崎キャンプでは精力的に走り込み、1年を通して落ちない体力を養おうと努めた。だが、その気合がカラ回りしたのか、2月下旬に入って右ひざ腸脛(ちょうけい)じん帯炎を発症。痛みをこらえて強行出場したフジゼロックススーパーカップ・名古屋グランパス戦でも途中で状態が悪化し、後半29分に自ら交代を申し出る羽目になった。キャプテンを失った影響もあったのか、チームはPK戦で敗れ、新シーズンの出はなをくじかれてしまった。

「勝ちたかったね。チームとしていい部分もあったけど、現状で満足してちゃいけないよね。けがの方は疲労性の痛みらしいです。まあ、大丈夫だと思いますよ」


 本人は楽観的な見通しだったが、残念ながら2日のACL初戦・上海申花戦は遠征メンバーから外れた。今週末のJ1開幕を控え、オリヴェイラ監督も大事を取ったという。

 小笠原自身は「けがなんか怖がってちゃいけないし、いい準備をして常にピッチに立てるようにやるだけ。全部出たいからね」とシーズンフル稼働への意気込みをあらわにするものの、指揮官は選手を効果的にローテーションさせ、戦力を維持しながら、タフなシーズンを乗り切っていくつもりのようだ。

違った選手と組むことで多彩なオプションも

 有望な新戦力を数多く補強した今季の鹿島にはそれが可能である。小笠原が担うボランチのポジションだけを見ても、まず今年1月のアジアカップに出場した日本代表の本田拓也が清水エスパルスから移籍。増田誓志もモンテディオ山形から戻ってきた。将来を嘱望されるルーキー・柴崎岳も加わり、中田浩二、青木剛というベテランを含めるとかなり充実した陣容になっている。オリヴェイラ監督は中田浩二を主にセンターバックで起用する意向というが、選手層が厚くなったのは間違いない。


「クラブもこれだけ選手を入れ替えて活性化を図ろうとしているんだから、みんなで競争し合って出た選手が一生懸命やることが大事。そういう意識を練習から持てば、試合でもいいものを出せると思うし。ボランチにしてもいろいろな組み合わせが考えられる。今までやっている選手との慣れも大事だけど、やっぱり新しいパワーも必要。今までの11人がずっと続くわけじゃないし、違ったバリエーションができるのも面白いんじゃないかな。おれ自身も楽しみだね。自分はローテーションでいいと思ってないし、全部出るつもりで準備するけど、チーム全体で戦っていけるようにはしたいですね」と小笠原も大きな期待を口にする。


 例えば、小笠原と本田拓なら、どちらもパスがさばけて運動量も豊富。お互いにアップダウンを繰り返しながら攻撃参加することもできる。小笠原と増田が組んだ場合は、増田の方がやや攻撃的なため、小笠原は後ろでバランスを取りながら攻撃の起点としてチーム全体を動かすのではないか。このように昨季とは違った選手と組むことで、鹿島に多彩なオプションが生まれる可能性は高い。小笠原の新たな一面も見えてくるかもしれないだけに、非常に興味深い。

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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