頼もしいキャプテン長谷部が見据える先=ザックジャパンの成長と課題

元川悦子

次々とぶつかる苦境を乗り越えチームは成長を遂げた

冷静に審判に抗議する長谷部(中央)。今大会、長谷部は主将としても大きな成長を遂げた 【写真:ロイター/アフロ】

 大きな苦境をくぐり抜け、流れをつかんだ日本。17日のサウジアラビア戦は5−0で圧勝して8強入りし、21日の準々決勝・カタール戦を迎えた。だが、発展途上の若きザッケローニジャパンには安定した戦いを続ける力はまだない。この日も予想を超えた混乱に陥り、吉田の退場で大会2度目の10人での戦いを強いられた。直後にブラジル出身のモンテシンに直接FKを決められ、2度目のリードを許す。さすがの長谷部も「心が折れそうになった」と打ち明けた。
「ホントにみんな下向いちゃった部分があったけど、あきらめるわけにもいかない。とにかく顔を上げてもう1回プレーしよう」とキャプテンはチームメートに檄(げき)を飛ばした。

「勝因は精神的にあきらめなかったこと。それに尽きる」と彼が言うように、香川が1点を返し、最後の最後に出場停止だった内田篤人の代役で右サイドバックに入っていた伊野波雅彦が決勝点を挙げる。これをお膳立てする香川へのスルーパスを出したのが長谷部だった。「一か八かの賭けだったけど、勝負しようと思って強いパスを出した」というボールに勝利への強い意思が表れていた。

 次なる25日の準決勝・韓国戦は、120分間+PK戦という激闘となった。ここまでは攻撃的な姿勢を前面に出していた長谷部だが、この日の役割は相手のエースであるパク・チソンを止めること。前半から体を張り、守備で奮闘した。その分、得点チャンスに絡む回数は減ったが、驚異的な運動量で中盤を支えた。その結果、延長後半に両足がつって交代を余儀なくされ、PK戦を外から見守ることになった。「ホントに情けない」と本人は不満を漏らしたが、一致団結して勝利に向かう仲間たちの姿をあらためて客観視することができた。

 ここまで5試合を戦って、長谷部はチームの成長をいくつか感じたという。
「苦しい戦いを1つ1つ乗り越えるいい経験をして、精神的に強くなったのは間違いない。長い時間、一緒にやることで、攻撃や守備のコンビネーションも良くなっている。監督が言ってる『タテへの意識』が強くなったのもいいことですね」

「間違いなくドイツの方がレベルが高い」

 とはいえ、ここまでの戦いは、彼の中ではあくまで「アジアレベル」である。アジアで通じても、世界レベルでは通用しないことも多い。南ア大会やドイツでの経験から、長谷部はそのことを嫌というほど分かっていた。
「僕らも監督も、ボールを回して自分たちで組み立てる攻撃的なサッカーをしたいし、ここまではそれがやれた。守備も組織だっていなくても個々の能力でボールが取れたりしていた。だけど相手のレベルが上がるとそうはいかない。オーストラリアは世界レベルの相手なんで、いい試金石になると思いますね」

 その分析通り、オーストラリアは確かに世界レベルのフィジカルを持った相手だった。日本はこれまでとは違い、守勢に回る時間が相当長かった。ボールを回して相手を走らせたかったが、ミスを頻発し、パスがつながらない。韓国戦で右足小指つけ根骨折を負って離脱した香川不在の影響も少なくなかった。ザッケローニ監督のさい配の効果もあってギリギリのところで相手を封じ、李忠成の豪快な決勝弾で勝ち切ったものの、長谷部の中では「まだまだ」という思いがぬぐえなかった。
「競り合いとかフィジカル的に負けていることが多かったし、もっとレベルアップしないといけない。決勝は攻撃の連動性も少し足りなかった。チームとして意識の共有はできてきたけど、突き詰めないといけないことは多いですね。アジアカップで優勝したからって世界で勝てる保証は何もないから。それに、下からの押し上げももっと必要。今は1人、2人欠けても補える力はあるけど、ベースになっている選手を脅かすくらいの存在がもっと出てこないと強くならないと思います」

 自分自身に対しての評価も辛い。
「僕自身、韓国戦、オーストラリア戦はもっと動いて攻撃に顔を出さなきゃいけなかった。個人のレベルを上げないとダメですね。間違いなくドイツの方がレベルが高いし、そこでレギュラーを獲得してたくさんのものを得るのがすごく大事だとあらためて感じました」

 2014年のW杯・ブラジル大会は、ベスト16で終わった南アよりもっと高いところへ行きたい……。飽くなき野望があるからこそ、アジア制覇を成し遂げても、長谷部の口からは苦言ばかりが出てくるのだろう。全員がキャプテンと同じような高い意識を持てば、日本代表は確実に強くなる。ザッケローニ監督も「アジアカップ優勝はスタート地点にすぎない」と強調した。貴重な経験をした選手たちには、収穫と課題を冷静に受け止め、妥協せず先へ進む努力をすることが必要になる。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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