アジアカップの終わりに=日々是亜洲杯2011(1月29日)

宇都宮徹壱

「アジアカップの流出」を阻止せよ!

カリファ・スタジアムに集まる人々。大半が現地で働くアジアの人々で、日本に好意的だった 【宇都宮徹壱】

「現時点で、日本はアジアのナンバーワンと言えるのではないか? というのも、オーストラリアは地理的にアジアとは思えないのだが」

 韓国との準決勝後の監督会見で、ザッケローニ監督にこのような質問が飛んだ。質問したのはイタリア人の記者だ(今大会では、アジア以外のジャーナリストも少なからず取材に訪れている)。日本語に翻訳されると、多くの同業者の間から失笑がもれた。私も「それを言っちゃあ」と苦笑い。だが、実際に日本のファイナルの相手がオーストラリアに決まると、先のイタリア人の質問は意外と核心を突いているような気がしてきた。確かに、アジアの頂点を争う舞台にオーストラリアがいるのは、はたから見れば不思議な感覚であろう。このところ日本では、アジアカップの注目度が急上昇しているそうだが、普段サッカーを見ていない人から「ねえ、何でオーストラリアがアジアにいるの?」と質問されて辟易(へきえき)しているサッカーファンも少なくないと思う。

 純然たるオセアニアの大国、オーストラリアが晴れてAFC(アジアサッカー連盟)への転籍を果たしたのは2006年1月1日のこと。ただしOFC(オセアニアサッカー連盟)を脱退したのは、前年の4月のことであった。驚くべきことに彼らは、8カ月もの間「無所属」の状態だったのである。その間にもワールドカップ(W杯)オセアニア予選を戦っているし、06年W杯には「OFC代表」として出場している(だから日本とグループリーグで同組になった)。そのくせ2022年W杯招致の際には「オセアニア初のW杯開催」をアピールしていた。まさに典型的なダブルスタンダード。思うに、かの国の人々は「アジア人」としての自覚が、決定的に欠落しているのだと思う。もしかすると彼ら自身も「なぜサッカールー(オーストラリア代表の愛称)は中東の大会に出場しているの?」と不思議に思っているのかもしれない。

 さて、日豪の対戦は過去18回あるが、「アジアの国同士」としての対戦は4年前のアジアカップ準々決勝を含めて3試合しかない。それまではずっと「他大陸同士」の関係であり、2度「大陸チャンピオン同士」として対戦している(01年のコンフェデレーションズカップとAFC/OFCチャレンジカップ)。そんなわけでこの決勝は、事実上の「大陸王者同士の対戦」であり、かつ「アジアカップのオセアニア流出阻止」という大義名分も、十分に成り立つように思う。実際、決勝のスタンドには、さまざまなアジアの人々が詰め掛けていたが(その大半は当地で働く出稼ぎ労働者だ)、彼らはオーストラリアよりも日本に大声援を送っていた。この日の日本はまさに、アジアの期待を一身に集めていたのである。

「中盤を厚く」することにこだわったザッケローニさい配

途中出場の李がダイレクトボレーで決勝点を突き刺した 【Getty Images】

 さて、この日の試合内容については、今さら多くを語る必要はないだろう。ここではザッケローニのさい配を軸にしながら、コンパクトに振りかえってみることにしたい。
 日本のスターティングイレブンは、以下の通り。GK川島永嗣。DFは右から、内田篤人、吉田麻也、今野泰幸、長友佑都。守備的MFは長谷部誠、遠藤保仁。2列目は藤本淳吾、本田圭佑、岡崎慎司。そしてワントップは前田遼一。メンバーも予想どおりなら、相手がロングボールを蹴り込んでくることも予想どおり。その一方で、いくつかの誤算もあった。まず、日本の動きにいつものようなキレが感じられなかったこと。また、香川に代わって出場した藤本が、ほとんど存在感を示せなかったこと。そして「オーストラリアが非常にコンパクトに絞って、いいサッカーをしていたこと」(ザッケローニ監督)

 このため前半は、相手に攻め込まれる苦しい展開が続いた。とりわけ日本に脅威を与えていたのは、右サイドバックのウィルクシャーだ。さながら艦砲射撃のようにロングボールを放ち、これに前線のケーヒルとキューウェルが高さで勝負する。ピンチのたびに川島が神懸かりのセーブを見せるが、やはりリスクの元を断たなければ失点は時間の問題である。ザッケローニの出した結論は「中盤を厚く」すること。そのため指揮官は、今野をアンカーの位置に押し出すことをまず考えたが、結局はシステムと中盤の並びをそのままに、人だけを入れ替える決断を下す。後半11分、藤本アウトで岩政大樹がイン。岩政がセンターバックに入り、今野が左サイドバックに、長友が1列前の左MFに、それぞれスライドする。吉田と岩政のセンターバックコンビは、今大会初。しかも2人とも足は決して速くはない。それらのリスクを冒してでも、指揮官は中盤の厚みを重視した。

 結局、90分間で切ったカードはこの1枚のみ。その間にも、オーストラリアの猛攻は続き、日本は自陣で耐え忍ぶ時間帯が続いた。そして試合は延長戦に突入。日本にとって、2試合連続の120分ゲームは、肉体的にも精神的にも相当にこたえたはずだ。延長前半8分、ベンチは疲労の色の濃い前田を下げて李忠成を投入。初陣となったヨルダン戦では、1本のシュートも打てなかった李。それでも「自分がヒーローになる、という思いで臨んだ」というコメントからは、内心期するものがあったことがうかがえる。

 その瞬間が訪れたのは、延長後半4分。遠藤の縦パスを受けた長友が、左サイドを駆け上がってきれいに折り返し、これをフリーで待ち構えていた李が、目の覚めるようなボレーを見舞う。今大会初となる李のシュートは、一直線でシュワルツァーが死守してきたゴールを突き破った。劣勢を強いられていた日本が、ついに先制。日本はその後、内田に代えて伊野波雅彦をピッチに送り、いよいよ逃げ切り態勢に入る。先の韓国戦では、終了間際に同点ゴールを許した日本だったが、この日は最後までディフェンスの集中力が途切れることはなかった。最後のセットプレーのピンチもしっかりはね返し、直後にタイムアップ。この瞬間、日本の2大会ぶり4回目となるアジアカップ優勝が決した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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