新世代の10番・香川真司、ライバル対決で真価が問われる

元川悦子

偉大な先人たちの後継者として

グループリーグは不完全燃焼に終わったが、カタール戦で待望の初ゴール。プレッシャーからも解き放たれた 【Getty Images】

「10番は日本代表でも特別な番号。自分らしさを出して、新しい10番になれればいい。やっぱり点を取るのが一番だと思う」

 昨年末の大阪合宿。ラモス瑠偉、名波浩、中村俊輔という偉大な先人たちが背負ってきたエースナンバー10を引き継いだ香川真司は神妙な面持ちで語った。

 この出来事だけでも注目を集めるのに、彼には今季ドイツでのずぬけた実績もある。昨年夏に移籍したドルトムントでは、すでに今季公式戦通算12ゴールをマーク。ブンデスリーガ前半戦MVPにも選出された。短期間で一気に欧州で名をはせた香川がカタールでどんな大仕事をやってのけるのか。かつて名波や中村俊輔がアジアカップMVPに選ばれ、優勝の原動力となったように、香川も日本をリードしてくれるのか。周囲の期待は日に日に高まっていった。

 ところが、彼にとってアジアの戦いは、想像以上に難しいものだった。

 初戦のヨルダン戦では、相手の引いた守りに苦しんだ。思うようにゴール前へ侵入できず、周囲との連係もいまいち。本田圭佑らとの距離も遠かった。唯一の決定機だった前半40分のGKとの1対1も外してしまう。後半はドルトムントと同じトップ下に移動。慣れた位置で本来の鋭さを少しは取り戻したものの、ゴールはこじ開けられず。いきなりアジアの洗礼を浴びた香川は「こういう大会はワンチャンスを決めなきゃいけないと痛感した」と自戒を込めて話した。

 続くシリア戦は、松井大輔、本田圭と並ぶ2列目でのポジションチェンジが流動的になり、攻撃も活性化された。長谷部誠の先制点に結び付く長い距離の走り、巧みなドリブルでDFをかわしたシュートなど、香川らしさの片りんものぞかせた。だが、全体的にパスを受けるのは足元に偏り、ボールをさらしすぎて相手のカウンターを招くことも少なくなかった。結局、後半途中に交代。その後の10人での苦しい戦いを外から見守る屈辱は耐え難いものだったはずだ。

 グループリーグ最終戦のサウジアラビア戦は相手の戦意喪失もあって、岡崎慎司と前田遼一が大量点を奪うことに成功した。香川も前の2試合よりハツラツさを取り戻したが、やはり肝心な場面で滑ったり、ボールを奪われたりと、どうもプレーに余裕が感じられない。
「ピッチが緩かったりして、なかなかボールが足につかなくて……。積極的にゴールを狙っているんですけど、なかなか難しい。個人としてやるべきことをもっとやらないといけない」
 大勝に沸くチームの中で、香川はただ1人、歯切れが悪かった。

目に見えない重圧を背負って

「10番というのはそれほど重いものなのか……」。そう本人に尋ねると、「重たいとは思わないけど、主力としてこういう大会に出るのが初めてだから。自覚を持ってやりたいって気持ちは強いんで……」とプレッシャーを否定した。しかし、現地に訪れている元10番・名波浩は「目に見えない重圧ってのが、この番号にはあるからね」と心情を代弁していた。

 確かに香川が言う通り、彼は代表の主力として大舞台を戦った経験が少ない。年代別代表では、2006年AFCユース選手権(現AFC U−19選手権)、07年U−20ワールドカップ(W杯)に出場しているが、スーパーサブという位置付けにとどまった。08年北京五輪も2試合に先発したが、岡崎と併用される立場だった。10年ワールドカップ・南アフリカ大会でもサポートメンバー。ピッチに立つことはなかった。

「代表での位置は南アのころとはだいぶ変わりました。ブンデスで結果を残して自信もついたし、自分が引っ張る意識を持ってやらないといけないと思っています」と話すように、責任感が強すぎるあまり、グループリーグ3試合で空回りしてしまったのかもしれない。

 クラブと日本代表での役割の違いも、得点能力という最大の長所を出し切れなかった一因と言える。
 ドルトムントでの香川は4−2−3−1のトップ下。ルーカス・バリオスという大柄なFWが前線でしっかりとつぶれ役になって飛び出すスペースを作ってくれる。しかし日本の場合、1トップの前田はバリオスとタイプが違う。守備に人数を割いてくる相手も多いため、前線にボールが収まりにくく、2列目から前線に走り込むのは非常に難しい。加えて、香川の現ポジションは左サイドである。サウジ戦でトップ下・本田圭の代役に柏木陽介を起用したことからも、アルベルト・ザッケローニ監督はキレと俊敏性で勝負する香川をあくまでアウトサイドと位置付ける。となると、どうしてもゴールに向かうより、チャンスメークに回る仕事が増えるのだ。

 ザッケローニ監督は「香川にはゴールだけを望んでいるわけではない」と献身的な姿勢を高く評価するものの、本人が一番こだわっているのはゴールだ。複雑なジレンマを抱えながら3試合を戦った香川は、ノーゴールに終わった自分に納得し切れなかった。

 とはいえ、決勝トーナメント以降はガチンコ勝負。「取るべき人が取っていかないと優勝は簡単じゃない。真司のゴールに期待したい」と本田圭佑も期待を口にした。香川にゴールが生まれなければチームに勢いは生まれない。より大きなプレッシャーを背に、彼は準々決勝のカタール戦に挑んだ。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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