勇気がもたらした逆転劇=日々是亜洲杯2011(1月21日)

宇都宮徹壱

10人になった日本の奇跡的な逆転劇

試合終了間際に伊野波(左)が逆転ゴールを決め、日本は辛くも準決勝進出を果たした 【写真は共同】

 後半、日本に求められていたのは、とにかく落ち着いて試合に入ることであった。ところが開始わずか1分で、吉田がセバスチャンを倒してしまい、カタールにFKのチャンスを与えてしまう。幸い、ローレンスのキックは枠をそれるが、吉田にはイエローカードが提示された。そして後半18分、ユセフ・アフメドの突破をスライディングで止めようとした吉田のプレーが、またしてもファウルの判定を受け、2枚目のイエローで退場。シリア戦に続いて、日本はまたしても10人での戦いを強いられることとなる。しかもFKの位置は、ペナルティーエリア右。キッカーは、これまたブラジルからの帰化選手で、途中出場のモンテシンである。「壁が1人しかいないけど、大丈夫?」と思っていたら、案の定、モンテシンの左足でニアを思い切りぶち抜かれてしまった。カタールの勝ち越しゴールが決まった瞬間、アルガラファのスタンドは地元ファンの歓呼の声で揺れた。日本、絶体絶命の大ピンチである。

 やはり準々決勝は、日本にとって「鬼門」であった。1点ビハインドで、1人少ない状態で、しかも完全アウエー。だが、ここで問われるのは、この状況を「絶望的」とネガティブにとらえるか、それとも「成長のための試練」とポジティブにとらえるかであろう。ザッケローニ率いる若き日本代表は、間違いなく後者であった。キャプテンの長谷部は言う。「とにかく顔を上げてプレーしようとみんなに言って、みんなが最後まであきらめずにゴールに向かっていった」。ベンチの動きも迅速だった。前線で消えていた前田を下げて、DF岩政大樹を投入。極端な前掛かりにするのではなく、さらなる失点を防ぐことから着手する。常にバランスを重視する、いかにもザッケローニらしいさい配だ。そしてここから、10人になった日本の奇跡の逆転劇が始まる。

 後半25分、本田圭の縦パスから岡崎、香川とつながり、相手DFに当たったボールが再び香川へ。躍動する背番号10は、GKとの1対1を制して左足でネットを揺さぶる。前半の1点目は「ごっつあんゴール」だったが、今度はドルトムントでの活躍をほうふつとさせる見事なフィニッシュであった。さらに44分、長谷部のスルーパスを受けて、またしても香川がドリブルで中央に切り込む。相手DFはファウル覚悟でつぶしにかかるが、右にこぼれたボールを伊野波が確実に詰めていた。日本、土壇場で逆転に成功!
 奇妙な静寂に包まれる中、アディショナルタイムは4分と表示される。セカンドボールを拾いまくり、なおもセバスチャンにボールを集めようとするカタールに対し、10人の日本は最後まで冷静に対応。大きなクリアと前線でのボールキープ、そして選手交代(香川から永田充へ)で巧みに試合を殺し、3−2のスコアで無事にタイムアップを迎える。この瞬間、日本の4大会連続のベスト4進出が決した。

何かと反省材料の多いゲームではあったけれど

完全アウエーの中、日本サポーターはスタンドの一角を青く染めて「ニッポン」コールを送っていた 【宇都宮徹壱】

「ゴールだけは良かったと思います。ほかは全然(ダメ)だと思います。ミスも多かったし、動きの質もだし、(体も)重たかったですし」(香川)

 この日、誰よりも長い距離を走り(1万852メートル)、誰よりも多くのシュートを放ち(3本)、その結果として2ゴールを決めた香川は、一方で誰よりも今日のプレー内容を反省していた。確かに、チームの勝利には大きく貢献していたが、同時に狭いスペースでの足元プレーからボールを奪われ、たびたびピンチを招くことになった。もちろん、反省すべきは香川だけではない。不用意なファウルを繰り返して退場となった吉田、ポジショニングと壁の指示で判断ミスが目立った川島、またしても前線で消えてしまっていた前田……。何かと反省材料の多いゲームであったことは否めない。それでも、10人の日本がカタールに逆転勝利できたのはなぜか。その理由は「正直、彼らはこれ以上の戦いはできなかったと思う」というザッケローニの言葉に集約されている。

「怖かったのは、相手が1人多くなってボールを回してくることだった。相手のスタイルは変わらず、23番(セバスチャン)に当ててきたので、ウチにとっては有利だった」

 相手が経験不足のカタールではなく、試合巧者のイランやイラクや韓国だったら、さすがにこうはいかなかっただろう。その事実は肝に銘じるべきである。とはいえ今日の勝利が、さまざまな収穫をチームにもたらしたことも忘れるべきではない。アジアレベルのレフェリングを体感できたこと。不利な状況下でのシミュレーションができたこと。その上で、勝利という成功体験が得られたこと。さらに2試合、戦えるようになったこと。その2試合を通じて、さらなるチームの成長が期待できること。こうして考えると、どんなに内容が悪く、課題が多かったとしても、それ以上に得られるものが多かった、非常に価値ある勝利だったと言えるだろう。そして、この価値ある勝利を引き寄せたのは、最後まで勝負をあきらめずにゴールを目指した、選手たちの勇気であったと確信する。そんなわけで、今回は指揮官のこの言葉で締めくくることにしたい。

「私は日本代表監督に就任した時から、このチームでは勇気とバランスをもって戦うように(選手に)伝えてきた。今後も相手がどこであれ、相手の力に左右されることなく、勇気をもって日本のサッカーをやっていくのが、このチームの目標である」

<この項、了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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