勇気がもたらした逆転劇=日々是亜洲杯2011(1月21日)

宇都宮徹壱

アジアカップ準々決勝は日本の「鬼門」

試合前のカタールサポーター。カメラを向けると「今日は2−1で勝つよ」というポーズを見せた 【宇都宮徹壱】

 アジアカップは21日からノックアウトステージ。日本はいきなりホスト国カタールと対戦することになった。会場のアルガラファ・スタジアムは、いつもはキックオフ30分前でも閑散としているのだが、この日は自国の大一番が、しかも金曜日(イスラムの休日)に行われるとあって、スタンドの埋まり具合も順調である。準々決勝を「大一番」というのは、いささか大げさに思われるかもしれない。実はカタールが、アジアカップでグループリーグを突破するのは、今回がやっと2度目である。前回、準々決勝に進出した2000年のレバノン大会では、残念ながらベスト8止まり。そんなわけで「史上初のベスト4進出を懸けた試合」という意味では、十分に「大一番」と言えるだろう。

 最多タイ、3回のアジアカップ優勝を誇る日本にとっても、この準々決勝は決して気が抜けないステージである。いやむしろ「鬼門」と言ってもよいだろう。1996年のUAE(アラブ首長国連邦)大会では、クウェートに0−2で敗戦。2004年の中国大会では、ヨルダンとの絶体絶命のPK戦の末に「奇跡の生還」。07年の東南アジア4カ国(インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム)大会でも、オーストラリアとPK戦までもつれて劇的な勝利。圧倒的な強さで決勝まで進んだ00年大会を除けば、必ずといってよいくらい、この準々決勝で苦戦を強いられているのである。これを「鬼門」と呼ばずして何と呼ぼう。

 もうひとつ、予断を許さないデータがある。これまでのカタールとの対戦成績は、7戦して日本の1勝4分け2敗。何と、負け越しているのである。もっとも、最後に敗れたのは今から23年前に行われたアジアカップでのこと(88年カタール大会)。ただし当時の日本は、大学生主体のB代表だったので、あまり参考にはならないだろう。その後も、アジアカップでは何かと手合わせする機会が多く、00年大会と07年大会では、いずれもグループリーグで対戦。2試合とも1−1の引き分けに終わっている。負けてはいないが、さりとて勝ち切れてもいない。こうした過去の戦績に加え、今回は彼らのホームであること、指揮官が日本との対戦経験が豊富なブルーノ・メツであること、そして何より、日本にとって「鬼門」の準々決勝であること。これらを考慮すると、決して簡単な試合にはならないことは明白である。実際、その通りの展開となった。

「アジアのバルセロナ」対「アジアのインテル」

日本はセバスチャン(白)に先制ゴールを許し、苦しい展開を強いられた 【写真:AP/アフロ】

 この日のスターティングイレブンは以下のとおり。
 GK川島永嗣。DFは右から、伊野波雅彦、吉田麻也、今野泰幸、長友佑都。守備的MFは長谷部誠、遠藤保仁。2列目は岡崎慎司、本田圭佑、香川真司。そして1トップは前田遼一。出場停止明けの川島、そして足首ねんざで大事をとっていた本田圭がいずれも戦列に復帰したことを含めて、想定内の布陣である。

 序盤からペースを握ったのはカタールだった。9分、FWのセバスチャンが強烈なシュートを放ち、今野に当たってこぼれたところをMFメサードが詰めるも、川島がセーブ。その直後には、またもメサードが25メートルの距離からミドルシュートを放ち、これまた川島が片手で辛うじて防ぐ。何とも言えぬ不安感が漂う、日本の立ち上がり。そして12分、ついに不安が現実のものとなった。メサードからのロングパスに、セバスチャンが日本のディフェンスライン裏に一気に抜け出す。一瞬、オフサイドかと思ったが、どうやら逆サイドで伊野波が残っていたようだ。セバスチャンは、対応した吉田を難なくかわしてシュート。弾道は吉田の股間を抜き、さらに川島のグローブもはじいてゴールネットに突き刺さる。カタール先制!
 日本にとっては、ラインコントロールのミス、その後の対応のミスという、二重のミスによる手痛い失点となった。

 カタールの攻撃は、決してバリエーションは多くない。後方からのパスを前線のセバスチャンにぶつけて、そのルーズボールを後方から走り込んで拾う。あるいは、もう1人のFWユセフ・アフメドが、俊足でDFを振り切りながらロングパスを受ける。そしてセットプレーでは、ローレンスが正確なキックで際どいコースを突いてくる。ちなみにセバスチャンはウルグアイ出身、ユセフ・アフメドはサウジアラビア出身、ローレンスはガーナ出身、そして右サイドから正確なキックを放つメサードはイエメン出身。カタール代表のキーマンは、こうした帰化選手で占められている。メツは日本のことを「アジアのバルセロナ」と称したが、国際色豊かなカタールは、まさに「アジアのインテル」と呼ぶべき陣容である。

 そんな、フィジカルとスピードを前面に押し出してくるカタールに対し、ようやく日本が反攻したのは28分。敵陣で香川からパスを受けた本田圭が相手の裏に浮かせたパスを送り、呼応した岡崎が走り込む。そしてサウジ戦での1点目のように、ループで相手GKの頭上を抜き、ゴールに到達する寸前で走り込んできた香川が頭で押し込んだ。香川にとっては、待望の今大会初ゴール。とはいえ、9割方は岡崎の仕事である。この日、第2子が誕生したという岡崎は、チームメートと「ゆりかごダンス」を披露。日本はその後、35分に長谷部がミドルシュート、43分には香川が左足ダイレクトでゴールを狙うが、いずれもネットを揺らすには至らず、前半は1−1で終了する。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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