静かなる正守護神争い、西川周作の挑戦

元川悦子

南ア行きを断たれて……川島の成功に刺激

西川に求められるのは大舞台での経験値。アジアカップで再びピッチに立つことはあるのか 【写真:ロイター/アフロ】

 だが、2010年5月10日、岡田監督の口から告げられた最終リストに『西川周作』の名前はなかった。「大舞台にはまとめ役が必要」との判断から、代表から1年以上離れていた川口が抜てきされた。西川はそれに押し出されるように「落選の現実」を突きつけられたのだ。
「僕になくて能活さんにあるものは、みんなをまとめる力、リーダーシップ。ベテランだし、いろんな経験をした中での選出だった。岡田さんの話を聞いて自分も納得しました。でも本音を言えば、南アに行って戦いたかった。北京で一緒にやった同世代の選手が中心になっていたし、自分が(そこに)いないもどかしさ、悔しさはありました。複雑な気持ちでしたけど、第3GKで南アに行くより、次のブラジルで一番を狙ってもう1回やった方がいい。そう思って自分の中で割り切りました」

 朗らかでポジティブな性格の男は切り替えが早かった。だからといって、悔しさを忘れたわけではない。自分のいない日本代表が南アでどんな戦いをしたのか……。それをしっかりと見つめ、脳裏に焼きつけたのだ。
「点を決めた選手がベンチに行ったり、ベンチの選手も前に出て喜んだりとか、そういう一体感がチームにないと勝てないんだって、W杯を見ていてすごく感じましたね」

 もう1つ、目の当たりにさせられたのが、千載一遇のチャンスをモノにした川島の威風堂々とした姿だった。
「永嗣さんはすごくいい準備をしていたから、ああいうパフォーマンスを出せたと思う。もともと意識も高いし、ストイックな人なので、学ぶことはたくさんあります」

 川島とは控えGKとして一緒に練習する機会が多く、お互いのことを理解し合っていた。西川は誰よりも川島の成功を喜び、大きな刺激を受けたはずだ。その川島からポジションを奪わなければ試合には出られない。GKとは実に因果な仕事である。
「10年以上ポジションを争ってきた能活さんとナラさんは、お互い練習中からピリピリしていた。すごくいい緊張感を持ってやっていたと思うんです。そういう緊張感で自分たちもやれればもっとレベルが上がる。チャンスが来たときに力を発揮できるように、いい準備をすることを常に心掛けています」

身につけた精神力と求められる経験値

 西川の地道な取り組みは、今大会での好パフォーマンスにつながっている。13日のシリア戦の後半26分、川島が一発退場となり、いきなりPKから試合に入らなければならなくなった。アクシデントをどう乗り切るかは、GKの良し悪しを測る重要な要素である。西川は自分を信じてピッチに立った。
「最初からPKだったし、割り切ってました。気持ちの準備さえできていれば、体が動くことは分かっていたので。10月のアルゼンチン戦でも、永嗣さんのけがで途中からやっていますし、そのときより落ち着いて入れた思いますね」

 F・アル・カティブ(10番)の蹴ったシュートコースは完ぺきに読んでいた。合わなかったのは高さだけ。瞬く間に1点を失ったが、逆にこのPKで判断に手応えを得たのだろう。この後、西川はDF陣と連係しながら冷静にコントロール。失点を最小限に抑えた。一歩間違えば、自分を見失ってしまいそうな騒然としたムードの中での20分余りだったが、彼は意外な言葉を口にした。
「完全アウエーだったけど、そういうところでやった方が面白い。すごく楽しめました」
 緊迫感を楽しむ余裕を持てたら、GKは本物だ。W杯・南ア大会の落選を乗り越え、西川はいつの間にか、一回り大きな精神力を身につけていたようだ。そんな彼からすれば、戦意喪失したサウジアラビアは簡単すぎたのかもしれない。
「守ってみて相手のモチベーションの低さを感じました。そういう試合だからこそ、危ないシーンは1回や2回はある。そこでキッチリ抑えられるかどうかで、流れがガラッと変わる。実際、開始早々のFKから飛び込まれたシーンは危なかったですよね。ああいうのは課題だと思っています」

 西川が常に謙虚さを失わないのは「本当の戦いはこれから」という思いが強いからだろう。彼のキャップ数は現在5。出場した国際Aマッチの相手は香港、アルゼンチン、韓国、シリア、サウジアラビアだ。アルゼンチンと韓国はワールドクラスの相手だったが、あくまで親善試合。高いレベルの真剣勝負はまだ未知の世界だ。

 それゆえ、ここから先のしびれるような試合を体験しなければならない。川口も楢崎も大舞台に繰り返し立ち、守護神としての能力に磨きをかけてきた。今、西川が川島に及ばないのはその経験値だ。自分の足りないものを補うためにも、アジアカップで再びピッチに立ち、緊張感や重圧を楽しみたいところだが……。まずはザック監督、そしてグイードGKコーチの決断を待ちたい。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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