李忠成、アジアカップのラッキーボーイを目指して

元川悦子

ヒーローになり損ねたAマッチデビュー戦

ヨルダン戦の終了間際、絶好のチャンスが訪れたが、シュートは打てず……。初ゴールが待たれる 【写真:アフロ】

 強い気持ちは、国際Aマッチデビュー戦となった9日のアジアカップ初戦・ヨルダン戦でも見て取れた。前田に代わって後半頭から出場した李は、緊張感から少し硬さが見られたものの、前へ前へという意識を前面に押し出した。
「自分が裏に抜けることで相手のディフェンスラインも下がるし、自分のところにボールが出なくても圭佑(本田)や真司(香川)がボールを持てる。前を向いてプレーすることが大事だと思ったんです」

 こう話す通り、疲労から間延びしてきたヨルダン守備陣のすきを突きながら裏へ出ようと再三試みた。彼の加入や2列目のポジション変更によって、日本の攻撃はやっとリズムを取り戻した。本人は「サンフレッチェで1カ月近く試合をやっていなかったし、試合勘はどうかなってところはあった」と多少の不満をのぞかせたが、北京五輪で共に戦った本田圭、香川、岡崎慎司との連係はスムーズで、2年半ぶりとは思えないほど息が合っていた。

 代表デビューにしては上々の出来だったはず。しかし李自身には脳裏に焼きついて離れないシーンがある。試合終了間際、吉田麻也のヘッドの落としに反応した決定機だ。鋭い動き出しで前線へ飛び込みフリーになったが、肝心のシュートを打ち切れなかった。
「最後のところでヒーローになるかならないかってところだったけど、今日はヒーローになる日じゃなかった。僕の場合はいくらいい動きをしても、結果が出なければ意味がない」と試合後のミックスゾーン(取材エリア)で、彼は悔しさをむき出しにした。

 こうした出来事も重なって、ゴールへの渇望は日に日に高まっている。A代表初得点というのは、現在の李の『悲願』にほかならない。シリア戦では出番がなかったものの、ポジションを争う前田が決定的なチャンスを4〜5本外しているだけに、17日のサウジアラビア戦では、早い段階で李が投入されることも考えられる。場合によってはスタメンの可能性さえありそうだ。
「でも、僕は前田さんより実績が足りない。僕の立場はスーパーサブだと思っています。アジアカップのような大会では、そういう選手が活躍してこそ勢いがつきますから」

 冷静に自分を客観視できる賢さを持っているところが、李の大きな長所だ。自分が今、ザッケローニジャパンに定着できるかどうかの瀬戸際に立たされていることは、本人が一番よく理解しているはず。2014年ワールドカップ(W杯)・ブラジル大会まで生き残るためにも、ライバルたちを脅かすだけの強烈なインパクトを残す必要がある。

ライバルの存在、そして見据える未来

 特に意識しているのは、同じ北京五輪世代の森本だろう。イタリアで5シーズン目を迎えた22歳のFWは、ザッケローニ監督とも直接コミュニケーションを取れる。W杯・南アフリカ大会の代表にも選ばれており、李にしてみれば、やや先を越されている格好だ。
「モリと自分は似たタイプ。モリはA代表で点を取っているのに、僕はまだ取っていない。自分の方が劣っている部分があるのは間違いないですね。僕らは同世代だし、追いつけ追い越せでやっていきたいですね」

 その森本の離脱によって与えられたチャンスをモノにし、チームの勝利に貢献すること。それが李に課せられた使命である。
「日本が自分たちの力を出せれば、どんな相手にも勝てると思うし、優勝だってできる。次につながればつながるほどコミュニケーションやコンビネーションも上がってくる。ブラジル大会のことを考えても、今はとにかく勝ち続けるしかないですね」

 未来をしっかりと見据える李。彼は間違いなく強靭(きょうじん)なメンタリティーの持ち主である。W杯・南ア大会で大活躍した田中マルクス闘莉王もそうだが、国籍を変えてまで日本代表を目指すというのは、簡単にできることではない。在日韓国人の場合はなおさらだ。李は批判覚悟でそれを断行し、夢に向かって真っすぐ進んできた。

 そんな生きざまを自ら選んだ男には、大舞台でゴールという結果を残し、ザッケローニジャパンの起爆剤になるだけの器があるはず。今大会での大ブレークに期待して、サウジアラビア戦以降の戦いを見守りたい。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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