高校サッカー界に一石を投じた久御山のスタイル=ボール支配と効率性の追求

小澤一郎

「久御山のサッカーは異質か?」

久御山はショートパスを主体に最終ラインから徹底的につなぐサッカーを貫いた 【松岡健三郎】

 第89回全国高校サッカー選手権大会は滝川第二(兵庫)の初優勝で幕を閉じた。安藤隆人氏の総括コラムにある通り、今大会は、ボールを奪ってからゴールに向かって縦に早い攻撃を仕掛ける速攻を攻撃パターンに持ち、それを高い精度で実践できるチームが勝ち残る大会となった。わたしからもう1つ付け加えるならば、多様性があるとはいえ、滝川第二、久御山、流通経済大柏、立正大淞南と、明確なスタイルを持つチームがベスト4に残った印象だ。

 準決勝で滝川第二にPK戦の末に敗れた立正大淞南(島根)の南健司監督に試合後、「一発勝負の選手権のような大会でも、勝ちのみならずスタイルやポリシーを貫くことにこだわるチームが勝ち上がる印象でした」と感想を述べると、「ここ数年そういう大会に入ってきたなという気はします」と返ってきた。南監督は「(スタイルが明確な方が)分かりやすい、選手が成長しやすいというのは正直あると思います」と付け加えた。

 スタイルを貫くという意味で、最も注目を浴びたのが準優勝校の久御山(京都)だ。ショートパスを主体にGKを含めた最終ラインから徹底的につなぐポゼッション型のサッカーを展開し、国立という大舞台、3万5000人を超える観客が見つめる中での決勝でも、開始直後から大きく蹴らずにつなぎながら前進してチャンスを作った。その久御山スタイルに好感を持った一方で、今大会の彼らのサッカーを見ながら抱いていたのは、「果たしてこのサッカーはそれほど異質なものなのか?」という率直な疑問だった。

能力の高くない選手だからこそ

 今年の滝川第二の戴冠で、選手権は6大会連続で初優勝校が出た。高校サッカーが群雄割拠の時代に入っていることをあらためて証明した大会でもあったが、京都の高校サッカー界はそれよりも早く、90年代半ばから飛び抜けた強豪校のない戦国時代に突入している。複数のチームが優勝を狙えるということで競争力、レベルの高い地域に映るかもしれないが、京都はその反対で、言い方は悪いがレベルダウンに伴うどんぐりの背比べのような状況が続いた。そのため、優秀な選手が他府県に流出するケースが多く、今大会では滝川第二のMF谷口智紀、古くは鹿児島実業を選んだ松井大輔(グルノーブル)がいる。

「限られた地域の、限られた選手層の中から(選手が)来る」との松本悟監督の説明通り、公立校の久御山は京都のジュニアユースや府内の中学校でプレーしていた地元の選手たちで構成されている。全国レベルの私立校と違い、人工芝のサッカー部専用グラウンドがあるわけでも、他府県から能力の高い選手を獲得できるスカウト網や制度があるわけでもない。言ってしまえば、京都レベルではうまいけれど、Jクラブにも全国区の強豪校にも引っかからなかった選手の集まる普通のチームだ。だからこそ、準決勝後の会見では松本監督が「体力測定なんてやったら全チームの中で下から数えた方が早い」と冗談でも皮肉でもない真実を語っている。準決勝後、指揮官に「スーパーではない選手たちで決勝に行った意義は大きいのではないですか?」と尋ねると、「そうですね。うちでもできるんだということを証明できました」とうれしそうに返してくれた。

 実際、久御山の選手の身体能力は相当に低かった。例えば、MF二上浩一は出場チームのボランチの中で、最も足の遅い選手ではなかったか。しかし、彼は技術と判断スピードで勝負し、十分に通用する。松本監督は二上のプレーをこう評する。「ボールポゼッションはすごくうまいのですが、そんなに足が速いわけじゃない。でも、サッカーなので走るコースやタイミングを変えれば、速い相手とやってもできる」。その二上は「ゲーム中心の練習で、ボール扱いはうまくなりますし、久御山に入って良かったなと思っています」と語る。

 もし松本監督が、久御山の選手にロングボール主体のフィジカルサッカーをやらせていれば、個の能力で勝るチームには勝てなかっただろう。全国大会のファイナリストどころか、京都予選で勝てていたかも分からない。「能力」をどう定義するかの問題はあるにせよ、さほど能力の高くない選手が集まるチームを勝たせようとするなら、久御山のようなボールとエネルギーのロスが少ない効率的なサッカーを目指す方が得策だ。久御山と準決勝で対戦した流通経済大柏(千葉)の選手は、どう見ても全員が久御山の選手たちより能力が高かった。その証拠に、久御山の選手よりもボールを遠くに正確に蹴ることができていたのだ。それでも、PK戦とはいえ勝ったのは久御山だ。「小さな者でも、うまさで強い相手をひねるというロマンを追い続ける」という哲学を持つ松本監督の言葉通り、準決勝にはロマンがあった。

ボールが主役のサッカースタイル

「うまくしてこそ、いい指導者」というプロ意識とポリシーを持つ松本監督は、大会中「サッカーはボールゲームなので」という言葉を何度も繰り返した。ボールゲームだからこそ、ボール扱いのうまい選手を育てる。ボール扱いのうまい選手を育てるためには、リスク覚悟で最終ラインから徹底的につなぐサッカーを実践する。多くの人間は、久御山はうまい選手をそろえているからあのサッカーができると考えているかもしれないが、わたしはその逆だと思う。久御山のようなサッカーを志向するからこそ、練習で技術と質を重視することが求められ、うまい選手が育つ。結果的に、それが勝利に一番近いサッカーとなるのだ。

 その意味で、今回の久御山の躍進は高校サッカー界に一石を投じた。なぜなら、技術やボール支配にこだわるとともに効率性を追求することで、久御山よりも能力的なポテンシャルが高い選手や、厳しいトレーニングを行っているチームに勝ったからだ。彼らは1日何十キロも素走りするようなことはないし、毎日長時間の練習も行っていない。彼らのようなスタイルであれば、欧州のサッカー強国の育成現場と同じく週休2日、1日2時間以下の練習で十分だ。

 あえてこういう言い方をするが、久御山レベルの普通の公立高が山崎雅人(広島)、森岡亮太(神戸)といったプロ選手を輩出したのは、ボールが主役のサッカースタイル、練習メソッドによるところが大きい。なぜ、久御山のサッカーに“京都のバルサ”と大げさな形容詞が付き、異質なサッカーとして大きな注目を集めたのか。それは、高校サッカーはまだまだ非効率な哲学、非科学的練習メソッドを持つチームが上位に食い込み、そうしたサッカーが目先の結果だけで賞賛や「強豪校」の称号が与えられているからにほかならないのではないか。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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