久御山、野洲につながる攻撃サッカーの糸

『スラムダンク』を活用した久御山のメンタルトレーニング

ポゼッション型の攻撃サッカーを展開する久御山。野洲、津工業など似たようなスタイルが増えてきている
ポゼッション型の攻撃サッカーを展開する久御山。野洲、津工業など似たようなスタイルが増えてきている【写真は共同】

『月まで走る』がモットーの関西大学第一の走力とプレスに対し、『キミは君らしく』の久御山がしつこくパスをつなぐサッカーで対抗し、PK戦の末、初の国立行きを決めた。

「関大一のプレスも、今までの3チーム(中京大中京、座間、那覇西)のおかげで、ちゃんとつなげるという自信をもって対処できた。走ってプレスを掛けてくるということで非常に怖かったんですけど、いつになくDFがやや広くなって中盤からもらえる体制を作って、相手が嫌がるぐらいリターンパスを増やしてつなげたところが勝因だったと思います。うちがつなぐことによって、相手を精神的に疲れさせることができたんじゃないか。こうして相手の力が半減して、最後のところで精度を欠いていた。前半からつなぐことによって相手の足を鈍らせたことにつながった」

 ポゼッションによる久御山、究極の守備だった。


 PK戦の前、GKの絹傘新はこう言った。「勝ち負けに関係なく、明るくいこうぜ」。チームは盛り上がったが、2番目の足立拓眞のPKは左ポストをかすめて外れてしまう。

「完ぺきに蹴ったボールがたまたま外れただけ。外してもまだまだ分からないという気持ちを生徒は持っていたはず。その辺は悪い場面が出ても悪く考えないという彼らのメンタリティーの強さだと思います」


「悪い場面でも悪く考えない」。それはメンタルトレーニングによるものだ。

「体力というのはいくら鍛えても怖がったり、恐れたり、どうしようと思ってマイナス面を考えたとき、ものすごく消耗する。しかし、メンタルトレーニングを取り入れたことによって、『悪い場面でも勝ったわけでも負けたわけでもなく、その場面は一緒だ』ということを選手たちが分かってくれた。それで、お互いに結果を得られるようになった」


 その成果はPKの場面だけでなく、67分、キャプテンのセンターバック、山本大地が警告を受けて準決勝に出場できなくなった瞬間にも発揮された。

「まず今何をすべきかというものを(山本は)感じ取ってくれた。うなだれているんじゃなくて、上を向こう。今のことを忘れて次にいこうぜという切り替えの速さとか、そういうのもトレーニングでやっていた」


 この理論を松本監督が初めて学んだのは10年以上前だが、その継承は、本や漫画を駆使して行われている。

「次々に選手が来るので、先輩たちが残した本とかわたしが買ってきたメンタリティーの本を後輩が読んでいる。読まないやつには無理やり読ませる。読んでるうちにみんなが感化される。マネジャーに『スラムダンク』を全巻買わせた上で、『スラムダンクの勝利学』も買わせた。『スラムダンク』を読まないと勝利学も分からないので、無理に読めと。こうして回し読みさせた。しかし、教室で読んで(ほかの先生に)ばれたら部費が下がるから、罰金を取る」


 警告、退場、そして練習の遅刻などに対し、久御山は罰金制度を採用している。

「そうすると明るく怒れるでしょう。『まいどありがとー』ってみんなが言うんで」と松本悟監督。「公式戦の罰金は2000〜3000円だが、今日の山本に関してはマネジャーと相談する。調子に乗っているとキッチリお金を取る。オランダの少年チームも遅刻したり、悪さをすると罰金制でやっている。本人が一番痛いですよね。お小遣いが減るんですから。でも最近集まらない。なかには一発ギャグでごまかすやつもいるんで。みんなが笑えばいいんですが、わざと笑わないで罰金を取ることもあります。罰金の使い道は部費です」

「野洲のおかげで全国でひとつ(中京大中京に)勝てた」

 今大会に入ってからの散歩中、選手たちはごみを拾うようになったという。

「世間体どのこうのじゃなく、ゴミを拾うことによって自分も気持ちがよくなるというのを感じてくれた。誰かがそういう本を読んで、みんなに伝えてくれた。何かいいことを読んだらプリントしたり、部室に本を置いてみんなで回し読みをしている。ゲームまでの段階で選手たち、特に高校生はいくらでも変わっていける。今日は自分たちの力以上のものを出せ、さらに結果も伴って“素晴らしいやつ”になっていってくれた」

 多感な時期だけに読書による感性の磨かれ方も鋭く、それがまたピッチの上のパフォーマンスにも影響されるのだろう。


 久御山サッカー部のスローガンである『キミは君らしく』。それはこうして生まれた。

「昔、久御山中学の教師をしていたころの卒業文集で、何を書こうかと頭を悩ませていたところ、嫁さんから『その子の一生なんて、その子の好きなようにできるのが一番いいんじゃないの』とアドバイスをもらって『きみはきみらしくいきればいい』というたった3行の文章で出してしまった。初めて選手権に出た時に、ひらがなを『キミ』と『君』にして、まだ成長段階にある『キミ』が(漢字で)『君』らしい感じになってくれればいいんじゃないかという思いでできました。うちの選手はこのサッカーをやりたいと思って、納得してくれ集まったやつらばっか。とは言え『(京都の)バルサ』と言ってもバルサみたいにできるわけじゃない。久御山らしい、いろんなやつが集まっている。まずは、お互いが毎日の練習の中からガンガン渡り合って切磋琢磨して、認め合っていいものになっていく」


 ショートパス多用の攻撃サッカー。京都に松本監督の久御山があり、滋賀に山本佳司監督の野洲があり、三重に藤田一豊監督の津工業があって、どこも全国で結果を残している。いずれもロマンチストの先生方によって率いられた近隣県の公立高校だ。彼らがお互いに近いのは単なる偶然なのか。

「山本先生とはお互いに刺激を受け合っている。僕が久御山中時代、セゾンFC(※野洲にはセゾンFC出身者が多い)ともやらせていただいている」。やはり糸はつながっていた。「タイプ的にはお互い似ていると言われているが、実はまったく違うところもある。野洲の方がはるかにうまいです。うちはそのうまい相手にやられながら、それをかわしていく快感というか。だから、野洲のおかげなんですよ。プレッシングは野洲がナンバーワン」


 冒頭、「ここまでの3校のおかげで関西一のプレスをかわせた」というコメントがあったが、野洲のおかげで今大会のプレッシングに対抗できている。

「野洲のおかげで全国でひとつ(中京大中京に)勝てた。座間さんに(プレスで)やられて成長させてもらった。(山本監督からは)『中京大中京とやるのに、なんでうちと(練習試合を)やるの?』と聞かれたが『いいんです。駆け引きを勉強に来ているんだから』と答えました」

 サッカー界はクラブの優位性がうたわれる中、高校の部活も元気を取り戻したように思える。


<了>

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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