柴崎フィーバーに見る「規格外」選手への提言=<3回戦 滝川第二(兵庫) 2−0 青森山田(青森)>

小澤一郎

滝川第二の強さは2トップとダブルボランチ

強力2トップとダブルボランチを誇る滝川第二が青森山田を下し、準々決勝に駒を進めた 【松岡健三郎】

 3回戦屈指の好カード、滝川第二対青森山田は、盤石の戦いで2回戦を突破した強豪校同士の対戦となった。互いに相手の実力を十分把握していることから、キックオフ直後こそ静かな立ち上がりとなるも、滝川第二がすぐにペースを握る。1回戦で痛めた右足のケガにより欠場の可能性もあったFW樋口寛規が先発し、FW浜口孝太との強力2トップを前面に押し出すダイナミックなサッカーで青森山田陣内に攻め込んでいった。その流れの中で10分、FW樋口がポストプレーで起点を作ったサイド攻撃から得点を決め、滝川第二が先制。その後も滝川第二は序盤の流れを維持したまま優勢に試合を運び、前半は1−0で終了した。

「ブルドーザーシステム」と称される滝川第二の2トップシステムの特長は2つある。まずは、体の強さを生かした抜群のキープ力。2人共に身長は170センチ強だが、ボール落下点の見極めや相手マークへの体の当て方がうまいため、足元のみならずハイボールもやすやすと収めてしまう。ゴールに背を向けた時のポストプレーだけでは相手にとって脅威にならないのだが、彼らには裏への飛び出しやスピードも備わっている。樋口の先制点は、ゴールを背にした時と前を向いた時の特長が連続的に出た形での圧巻のゴールだった。

 しかし、滝川第二の強さは谷口智紀と香川勇気のダブルブランチにもあるとわたしは見る。このレベルの試合、滝川第二クラスのチームになれば、テクニックや展開力があることは珍しくないが、彼らのプラスアルファはダイナミックかつタイミング良く前線に上がっていく点である。互いの距離感、攻撃参加することで生まれるスペースに対するカバーの意識やポジショニングも秀逸で、2人の能力が足し算ではなく掛け算となっている。ダブルボランチの総合力で見ると、少なくともこの試合では柴崎岳と差波優人の青森山田のダブルボランチを凌駕(りょうが)していた。

 試合後、滝川第二の栫裕保監督にダブルボランチの攻撃参加やリスクマネジメントについて聞くと、「(ボランチのところでの)ボールの失い方は悪くないし、どちらかが飛び出した後にどちらかがカバーできるので飛び出しはやらせています。(ボランチが上がるリスクよりも)相手にとっての怖さの方が勝っていると思います」という説明が返ってきた。謙遜なコメントが目立つ同監督にしては珍しい発言で、ボランチに対する自信の表れと言えよう。

 180センチの大型ボランチ谷口によると、「どちらがより攻撃的、守備的というものはない」という。それを前提に、「攻撃は2トップが中心になってやってくれるので、ボランチは2人でバランスを取りながら、いいタイミングで攻撃に絡めればと考えています。攻撃に関しては、2トップにいいパスさえ出せば決めてくれるので、アシストしたり、2トップに(相手の)気がいったところで隙(すき)を見て、僕たちのどちらか1人が上がってチャンスを作れればいいかなと思っています」と、滝川第二の肝であるボランチの役割について答えてくれた。質問に対する受け答えからも、インテリジェンスや戦術眼の高さがうかがえる選手であるのがよく分かった。

若く有望な選手には上のレベルを

柴崎のようなずば抜けた能力と将来性のある選手は、早くプロや世界の舞台にチャレンジしてほしい 【松岡健三郎】

 試合は後半、青森山田が柴崎やFW橘一輝を中心に巻き返し、滝川第二陣内に押し込む展開や時間帯を作るが、ロスタイムに滝川第二が追加点を決めて2−0で終了した。これで今大会最大の注目選手の1人、柴崎岳にとっての選手権が終わった。準優勝に終わった前回大会後の2010年1月20日、2年生ながら鹿島アントラーズへの入団内定が発表されたことで、今大会の柴崎は大勢の報道陣やファンに囲まれ、「柴崎フィーバー」とも呼べる熱狂とプレッシャーの中に置かれていた。この日の試合はやや精彩を欠いたパフォーマンスに終わったが、それでも視野の広さやパスセンス、何よりどんな状況下でもブレない技術は一見の価値があり、柴崎見たさに前日、この日と西が丘サッカー場に立ち見の観客が出たのも理解できる。

 柴崎フィーバーについては、わたし自身考えてきたことがあるので批判、反論を承知の上ではっきりと持論を述べておきたい。約1年前に早々とプロ入りが内定している選手であれば、もはや今回の選手権に出る必要はなかったのではないか。わたしは09年の夏、スペインで行われたビジャレアル国際ユースで初めてU−17日本代表の柴崎を見たのだが、わたしのみならずスペインの名だたるスカウトたちも柴崎の技術と戦術眼に驚いていた。
 今大会では運動量や守備面で課題を残したが、柴崎のプレーを見たことのある人で、彼のプロ入りに疑問符を付ける者はいないだろう。高校卒業を待たず、1年前にプロ入りしていれば、選手権ではなく元日に行われた天皇杯決勝で鹿島の選手としてベンチ入りしていた可能性もあった。わたしはその方が健全で、彼、ひいては日本サッカーのためになったと考えている。何も選手権を軽視しているのではなく、柴崎の存在やレベルがもはや選手権、高校のレベルを超えているということだ。

「選手に合ったレベルを、若く有望な選手には少し上のレベルを提供すること」

 日本サッカー界として飛び級ができるシステムや環境整備を考える時期に来ているのではないか。そのためには、制度面で多くの改革が必要となる。特に、手塩にかけて選手を育てた学校(チーム)が、「卒業を待たずに選手を手放してもいい」と思えるだけの具体的(金銭的)なインセンティブ(報奨)が必要になるだろう。「学校だから」と聖域扱いする必要はあるまい。
 多くの高校生にとって選手権という大会は大きな目標であり、ハイレベルな大会だが、中には早い段階で高校レベルを超越した「規格外」の選手もいる。彼らには日本サッカーの未来を背負ってもらわなくてはならない。プロとして活躍できる時間も有限だ。あえて下世話な話をするが、早くプロの世界に入ることはプロに慣れる、レベルアップできるというメリットのみならず、限られた現役生活の中でできる限り多くのお金を稼ぐという意味でもプラスであり重要だ。柴崎のようなずば抜けた能力と将来性のある選手からは早く「高校生」という足かせを外し、プロや世界の舞台にチャレンジしてもらいたい。

 恐らくこの1年間、柴崎は多くのものを背負いながら「選手権優勝」を目標に努力してきたはずだ。素晴らしいことではあるが、もし今大会に優勝したとして、柴崎個人にどれほどのものが残っただろうか。プロで揉まれるよりも高校の舞台、選手権で激しいプレッシャーにさらされる方が、プラスだったのだろうか? そういう意味で、柴崎には「お疲れさま」と一声掛けたい。君の舞台はもはやここではなく、プロであり、世界なのだから。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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