室蘭大谷、最終ラインに君臨するタレント=<1回戦 室蘭大谷(北海道)) 2−0 四日市中央工(三重)>

鈴木潤

キャプテンの的確な指示で流れをつかむ

室蘭大谷はキャプテン櫛引の的確な指示によりゲームの流れをつかんだ 【岩本勝暁】

 戦前、この対戦は四日市中央工に分があるのではないかと見ていた。なぜなら、キャプテンでチームの核である福田晃斗と守護神・村井泰希は1年時からレギュラーを務め、DFの谷津健四郎、ストライカーの山口幸太は昨年の高校選手権を知っている。

 一方の室蘭大谷は「3年ぶりの選手権。初出場みたいなもの」と及川真行監督が語るように、インターハイ(高校総体)にこそ出場したものの、経験豊富なセンターラインを形成する四日市中央工と比べれば、経験値という部分で差がある点は否めなかった。独特の雰囲気がある験選手権は、そういった経値が勝敗を左右するケースも珍しくはない。

 だが試合が始まると、瞬く間にその図式は覆された。「初戦なのでみんな緊張していると思ったから、立ち上がりは大きく蹴って相手を押し込もうと言った」と話すのはキャプテンでディフェンスラインを統率する櫛引一紀だ。彼の的確な指示によって良い形で試合に入れた室蘭大谷は、思惑通り次第にペースをつかんでいった。

 櫛引はコンサドーレ札幌への入団が内定している大会屈指のDFである。彼は札幌の練習に参加した時を振り返り、「1つ1つが刺激になった」とプロのレベルの高さを痛感したことを明かしている。特に櫛引がプロとの違いについて語ったのは、判断の早さ、判断力、あるいはメンタルの部分である。そして「得たことをチームに生かせるようにしようと思った」と強く念頭に置いた。こうして迎えたのが、選手権の舞台だった。

 流れをつかんだ室蘭大谷は、18分に右サイドを抜け出した山田秀之が中央へ折り返し、そのこぼれ球に反応した石川勝智がミドルレンジから右足を振り抜くと、豪快なシュートがゴールに突き刺さった。そして後半立ち上がりの46分にも、ショートコーナーから小玉翼のクロス気味のシュートに対し、四日市中央工のGK村井が対応を誤り、ニアサイドを抜けてゴールへ転がった。

 櫛引は四日市中央工の強力2トップへの対策について報道陣から問われると、こう答えた。
「相手の2トップはスピードがあって裏を狙ってきていました。スペースを消すために引いてしまっては組織が間延びしてしまうので、吉田(祐太)と話して、相手の足元に入るパスを狙っていくことにしたんです」

大会屈指のDF櫛引が見せる自信

後半、四日市中央工に打たれたシュートはわずか1本。完ぺきな守備でシャットアウトした 【岩本勝暁】

 試合を進めながら、相手に合わせた守り方ではなく、自分たちがイニシアチブを握るために状況に応じて対応を変える。それを味方に伝えると、瞬時にチームの意思統一を促した。こうした櫛引の的確な判断やコーチングが、選手権の経験値では圧倒的に自分たちを上回る四日市中央工を凌駕(りょうが)していったのである。

 四日市中央工は、最終ラインからのビルドアップのために中盤へボールを預けても、すぐさま囲い込まれてボールを失うか、サイドに追い込まれ、苦し紛れの攻撃に終始するだけだった。大会屈指のDF櫛引を中心とした室蘭大谷の組織的な守備の前に、持ち味であるパスワークを封じられ、攻め手を失った。四日市中央工の出来が悪かったというより、後半のシュートをわずか1本に抑えた室蘭大谷の守備が、付け入る隙(すき)もないほど完ぺきであったと言った方が適切だろう。

 室蘭大谷の組み込まれたブロックは、今大会最大級の激戦区である。通常ならばネガティブになりかねない組み合わせにも、櫛引は違った角度から次のように物事をとらえる。
「強豪が多いということは、一戦一戦勝ち抜いていけば、それだけ自分たちが成長できるということ。少しでも多く成長して、勝ち進んでいきたい」

 2回戦では、神村学園を4−1と一蹴した前橋育英が相手となるが、「前橋育英のパスワークに対して、僕らがどうはめるか」と冷静に分析し、優勝候補に対して物怖じする様子は全く見せていない。それどころか、その表情には自信すら漂わせた。

 通常、「タレント」という言葉は攻撃の選手に使われることが多い。だが、これだけ守備面において影響力を持ち、1対1でも組織面でも抜群の強さを発揮するDFもまた、「タレント」と呼んで差し支えないだろう。室蘭大谷が大会を勝ち進み、上位に食い込んでもそれは番狂わせではない。なぜならば、高い能力を持った守備のタレント・櫛引一紀が最終ラインに君臨するからだ。

<了>
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著者プロフィール

1972年生まれ、千葉県出身。会社員を経て02年にフリーランスへ転身。03年から柏レイソルの取材を始め、現在はクラブ公式の刊行物を執筆する傍ら、各サッカー媒体にも寄稿中。また、14年から自身の責任編集によるウェブマガジン『柏フットボールジャーナル』を立ち上げ、日々の取材で得た情報を発信している。

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