鹿島学園に勝利を手繰り寄せた指揮官の手腕=<1回戦 鹿島学園(茨城) 2−1 大分鶴崎(大分)>

小澤一郎

前後半で主導権が入れ替わる展開

鹿島学園vs.大分鶴崎は前後半で主導権が入れ替わる展開となった 【鷹羽康博】

 プロ入りするような突出した個はいないものの、チームとして最終ラインからつなぐサッカーを信条とする鹿島学園と大分鶴崎の一戦は、前後半で主導権がガラッと入れ替わる見応えのある内容だった。前半は一方的な大分鶴崎ペース。中盤をボックスにした4−4−2を用いる大分鶴崎は、4人のMFが激しくポジションを入れ替えるとともに、2列目の水元有志、阿部功兵のみならず、ボランチの2選手も機を見計らって前線に飛び出していく積極性が特徴。キックオフ直後から中盤の中央できっちりとパスをつなぎ起点とリズムを作ると、サイドに開いた2トップや左サイドバックの阿南公基をうまく使いながら迫力ある攻撃を仕掛けていった。大分鶴崎の目匡弘(さっか・まさひろ)監督も「自分たちのやりたいことはある程度やれた」と手応えを感じた前半だったが、鹿島学園の倍にあたる6本のシュートを打ちながら、内容をスコアに反映できず前半は0−0のまま終了した。

「緊張はなかったと思うが、変な油断、慢心があった。相手は自分たちよりも格上なのに受けてしまった」と前半を振り返った鹿島学園の鈴木雅人監督は、ハーフタイムでチームに喝を入れると同時に、的確な分析から導き出した戦術ヒントを選手に与える。前半からベンチを飛び出して「テンポが遅い」と叫んでいた鈴木監督だが、一方で大分鶴崎がオーバーペースであることを見抜いていた。後半は相手のペースが落ちると見た指揮官は、「落ちれば前を向ける。前を向ければボールを運べる」とチームに告げていた。
 試合後、鈴木監督は「原理」という言葉を用いながら前半について、「(相手の)アプローチが速くて、それに対するうちの選手のポジション取りが遅いからつぶされていた。ボールの移動中にポジションを取らない、ダッシュしてボールを受けないからパスが回らない。原理が分かりやすく出ていました」と説明してくれた。

 監督の予想通り、後半の大分鶴崎はハイペースを維持できず、ポジショニングとボールへの寄せが改善された鹿島学園の中盤が前を向いてボールを受けるシーンが増えていく。すると展開力のあるボランチの請川順也がうまくゲームを組み立て、前半は消える時間の多かったトップ下の西谷和希がバイタルエリアでボールを引き出し、小気味よいドリブルでアクセントをつけるようになり、鹿島学園にゴール前でチャンスが訪れる。57分、74分の得点は共にコーナーキックから生まれたものだが、いずれも良い形で攻め込みシュートで終わったことで得たセットプレーのチャンス。鈴木監督も「セットプレーで2点取れたとはいえ、その前の形が良かった」と評価していた。

グッドルーザーだった大分鶴崎

今大会の大分鶴崎は、グッドフットボールを展開したグッドルーザーだった 【鷹羽康博】

 ロスタイムに大分鶴崎が1点を返すも、試合は2−1で鹿島学園が勝利した。前半は大分鶴崎、後半は鹿島学園が優勢で、シュート数は鹿島学園の11本に対し、大分鶴崎は12本。80分を通して見れば互角の戦いだったと言えるが、個人的には大分鶴崎のサッカー、総合力の方が上に映った。その力関係を結果として逆転させた最大の要因は、鈴木監督の手腕にあったと見る。ロスタイムの1失点を取り上げて「まだまだのチーム」と勝ってかぶとの緒を締めると同時に、「格好つけるプレーが多く、まだまだ。普段から頑張ることは格好いいことだと言っているんですけど。なかなか頑張ることの意味が分かっていない」と選手にメッセージを伝えるモチベーターとしての能力はさすがだ。

 しかし、高校サッカーの世界といえども、モチベーターとしての資質だけでは選手はついてこないし、勝てない。劣勢に立たされた前半のメカニズムを試合の中で解明しながら、ハーフタイムに的確な処方せんを与えた鈴木監督の戦術眼は、群雄割拠の選手権で勝ち抜くのみならず、世界基準の選手を育てる育成年代の指導者に求められる能力だろう。その意味で、35歳の若さにして鹿島学園の監督として10年目を迎え、2年前の選手権で4強入りを果たした鈴木監督は新時代の名将候補の1人と言えるのではないか。

 最後に敗れた大分鶴崎のサッカーについて言及したい。選手権という大舞台での初戦の開始1分、ボールをキャッチしたGKがパントキックではなく足でディフェンスラインにつないだシーンを見て、このチームのサッカーと志が分かった。試合後、大分鶴崎の目監督にそのシーンを抽出しながら「なかなか選手権では見られないシーン。良いサッカーでした」と話を振った。指揮官は「でも、結果がすべてなので。やはり、勝たなければ。いくらボール回しをしても、やられてしまえばそれがサッカーです」と悔しさを抑えながら淡々と返してくれた。

 大分鶴崎のサッカーを見たのはこの試合が初めてだったが、少なくともわたしの脳裏には「1回戦敗退の大分鶴崎」ではなく、「良いサッカーをする大分鶴崎」という印象が残った。トーナメント方式の選手権では勝ったチームが強いのは間違いない。しかし、運やゴールに見放され、良いサッカーを展開しながら大会を去る好チームがあるのも事実であり、大分鶴崎はそういうチームだった。今回は結果が出なかったが、大分鶴崎が今後もこのサッカースタイルにこだわる限り、いつかチームとして結果が出ること、良い選手が育つことは間違いないだろう。それは、近年のワールドカップで優勝したフランスやスペインといった育成大国、サッカーの歴史が証明している。今大会の大分鶴崎は、グッドフットボールを展開したグッドルーザーだった。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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