選手権で起こす『米子北旋風』=第89回高校サッカー選手権・注目校紹介 第6回

安藤隆人

米子北の名を全国に知らしめた2009年の躍進

昨年、全国で活躍した谷尾。ようやく選手権の舞台で暴れる日が来た 【安藤隆人】

 優勝候補・米子北。今や米子北といえば、ファンの間では今大会の強豪の一つとして知られているが、今から3年前までは優勝候補に挙がることはまずなかった。それがどうしてここまでの注目の存在になったのか。それは昨年の大躍進が大きかった。

 米子北はこれまでも境、米子東とともに鳥取のサッカーをリードしていた。毎年アタッカーとセンターバックに質の高い選手を置き、まとまりのあるチームだったが、全国で苦戦し、県内でも近年は躍進を続ける境の分厚い壁を打ち破れないでいた。
 しかし昨年、2年生ストライカーの谷尾昂也、3年生ストライカーの山本大稀の強烈2トップを看板にしたチームはインターハイ予選を制すると、奈良インターハイでは破竹の連勝を重ね、あっという間に決勝に進出を果たす。彼らのサッカーはいたってシンプル。ディフェンスラインから正確なロングボールを供給し、谷尾のキープ力、山本大の爆発的な突破力をフル活用し、ゴールを陥れる。このシンプルな攻撃が強烈なインパクトを残し、35分ハーフ(インターハイは35分ハーフ)の時間内では相手に対応し切らせないまま、ゴールを射抜き続けた結果の決勝進出であった。決勝では昨年の“高校年代実力ナンバーワン”と言われた前橋育英の前に屈したが、いきなり全国準優勝の快挙を成し遂げ、谷尾は得点王を獲得。まさに全国に米子北旋風が巻き起こった。

 この旋風はこれだけにとどまらなかった。ユース年代最高峰の大会である高円宮杯全日本ユースでは、「さすがにJユースやこのレベルの相手に90分間戦って勝ち抜くのは厳しいだろう」という声も挙がっていた。しかし、そういう周囲の予想を上回るほど、彼らはインターハイを通じて成長を遂げていた。谷尾と山本大の2トップはもちろん、ディフェンスラインでは2年生センターバック昌子源が急成長。正確かつ強烈なキックと、空中戦の強さを駆使し、守備に大きな安定をもたらした。守備が安定したことで、より強固なカウンターサッカーを展開できるようになり、高円宮杯全日本ユースでは静岡学園、浦和レッズユースを撃破し、決勝トーナメント進出を決めると、ラウンド16でジェフ千葉U−18を下し、初出場でベスト8まで進出。快進撃はここまでとなったが、今度は山本大が大会得点王に輝いた。

 高校年代最高峰と呼ばれる大会でのベスト8入りという事実が、インターハイの結果がフロックではないことを実証し、米子北の評判はたちまち全国の強豪へとステップアップしていった。
 しかし、選手権予選決勝では境のリベンジに合い、県予選で涙をのんだ。まさに“天国から地獄”にたたき落された格好となったが、「あっという間の1年だった。全国での躍進も、最後のこの負けも選手たちに絶対に焼きつく。だからこそ3年はこれからの人生に、2年生以降は来年に生かしてほしい」と城市徳之監督が語ったように、結果として2年生たちはこの1年間で、全国の山頂付近を見ると同時に、次の年へのモチベーションとなる悔しい思いを経験することができた。非常に濃密で、経験という面でとてつもなく大きな財産を得たのだ。

インハイ、高円宮杯を経て、米子北旋風はいよいよ選手権へ

鹿島への入団が内定している昌子 【安藤隆人】

 今年、濃密な経験を経た選手たちはさらなるパワーアップを遂げた。今年は昨年のチームから谷尾、昌子という核となる2人が残った。そこに「昨年を経験した選手が着実に成長した。昨年までは2トップの破壊力のみに頼っている感は否めなかったが、今年は彼らを生かした攻撃はもちろん、中盤でつないで、サイドから切り崩すなど、攻撃のバリエーションは増えた」と城市監督が語ったように、安定した技術を持つボランチの川元徳馬と、右のゲームメーカー藪田貴大、左の弾丸ドリブラー西田開人の個性的な中盤が、攻撃に変化を加える。さらにそこに俊敏性が高く、バイタルエリアで動き回れる2年生FW小笹晃と、試合終盤になると、昨年もスーパーサブとして大活躍した決定力抜群のスピードアタッカー・山本健太郎を投入する『必勝パターン』も持つ。
 守備面でも運動量豊富で、バランス感覚に優れた守備的ボランチの野原正博、最後尾にはセービングのうまい185センチの大型2年生GK助田龍太郎が構え、攻守両面で総合力は高くなっている。

「今年は去年よりもいいサッカーができる」
 城市監督の手ごたえは、インターハイでも実証された。沖縄インターハイの3回戦で、今年の高校年代最強との呼び声の高い流通経済大柏と対戦。開始2分で昌子のスーパーFKで先制すると、一度は同点に追いつかれるが、相手の高い個の能力を融合させた流動的な攻撃に対し、「相手の中盤のポゼッションに対しては、ポゼッションをさせて、縦パスをシャットアウトすることを狙った。それで相手が蹴ってきても、跳ね返せばいい」(城市監督)と、昌子と野原を軸に、強固なブロックを形成し、跳ね返し続けた。そして終盤に山本健を投入すると、66分にカウンターから前線で谷尾が素早くバイタルエリアの山本健へパス。山本健はボールを受けると、反転して決勝弾をたたき込んだ。

 圧巻の勝利だった。チームは続く準々決勝で敗れたが、「あの流通経済大柏に力で勝ったチーム」として、昨年とは別の形で全国に強烈なインパクトを残した。プリンスリーグ中国で惜しくも4位に終わり、3位までに与えられる高円宮杯全日本ユースは出場できなかったが、谷尾が川崎フロンターレに、昌子が鹿島アントラーズに入団が内定し、2人のJ1リーガーを擁するチームとして、注目を集めると、選手権予選では境に5年越しのリベンジを果たし、5年ぶりの選手権出場を決めた。
「ようやく僕たちが望んでいる舞台に立てる。ここからが僕たちの新たなスタート」(昌子)、「昨年の3年生のためにも、どうしても今年は出たかった。インターハイが終わって、チームとして選手権1本に絞って、ここまでやってきた。全国で戦う準備はできている」(谷尾)、「今年はどうしても選手権に出たかった。このチームは国立を狙えるチームです」(城市監督)

 米子北の旋風はまだ終わっていないし、2年経ってもその勢力は維持されている。それにインターハイ、高円宮杯全日本ユースで起こしたが、まだ選手権でその風は吹き荒れていない。今大会、初戦でいきなり静岡学園と激突するが、これを突破した瞬間に『米子北旋風』は一気に加速する。今、その準備は整った。わずか2年という短期間で吹き荒れた米子北旋風は、いよいよ関東上陸に向け、その勢力を強めている。

<了>
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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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