立正大淞南、「リスク覚悟の攻撃サッカー」で衝撃を=第89回高校サッカー選手権・注目校紹介 第3回

安藤隆人

総体王者・市立船橋を襲った“黄色いビッグウェーブ”

異色のアタッカー集団・立正大淞南。持ち味の攻撃サッカーで旋風を巻き起こすことができるか 【安藤隆人】

「もう失点は済んだことやからええのよ。失点したらその分、攻めんかいと。失点? 『全然問題ないくらいの気持ちであっけらかんとしろ』とは常に言っているよ」
 高校サッカー界でも異質の個性を放つ監督として知られる南健司監督は、今年沖縄で開催されたインターハイ(高校総体)準々決勝の市立船橋戦の後、こうつぶやいた。

 結果は2−3の敗戦。立正大淞南は敗者となったが、それでも強烈なインパクトを残した。後に大会を制した市立船橋を相手に、一歩も引かず堂々とした攻撃サッカーを披露。敗れたとはいえ、立正大淞南の強さを目の当たりにした試合だった。

 試合は3分、7分、22分と立て続けに決められ、早々に市立船橋のFW和泉竜司にハットトリックを達成されるという苦しい展開から始まった。いきなり3点差となり、ゲームは完全に市立船橋のものになったと思われた。だが、ここから見せた立正大淞南の反撃はすさまじいものがあった。 ピッチ上で展開されたのは、黄色いユニホームを着た選手たちがフレキシブルに動き回り、ボールをドリブルとパスで巧みに運び、矢継ぎ早に市立船橋ゴールに襲い掛かる。それはまさに“黄色いビッグウエーブ”だった。

 フィジカルに優れ、独特のステップから切れ味鋭いドリブルと強烈なシュートを駆使するFW池田拓生(3年)、ゴール前での落ち着きが光るFW新里大地(3年)の2トップに、タイミングのいい飛び出しと高い決定力を備えるMF加藤大樹(3年)、左からは抜群のスピードとキレで、ジャックナイフのようなドリブルを見せる小田悠太(3年)、右からは正確なクロスとパスを供給する福島孝男(3年)が、それぞれの持ち味を惜しげもなく発揮。衰えを見せない運動量と巧みなポジションチェンジで、堅守を誇る市立船橋の守備陣を混乱に陥れた。

「チャレンジパスを大事にしている。後ろでちんたらとポゼッションしていては駄目。攻撃のスイッチが入ったら、常に相手の背後やギャップを突くパスを入れて、そこから攻撃陣の個性を思い切り発揮すればいい」
 この南監督の教えを守り、アタッキングエリアまで大胆に縦パスやくさびのパスを打ち込んで、そこからドリブルとパスを個々が状況を見ながら判断する。その判断の基準はあくまでゴールであり、シュートで終わることを前提としている。そして冒頭の言葉に象徴されるように、失点を恐れるなという考えが浸透している。「失点したらその分、取り返せ」。この教えも、彼らは体現できる強さを持っている。

「まだまだえげつなさが足りない」

 話を試合に戻すと、立正大淞南は31分に相手のCKをしのぐと、すぐさまカウンターを発動。縦パスを受けた池田がワントラップで相手をぶち抜き、そのままドリブルからシュートを放つ。一度はGKにはじかれるが、こぼれ球を池田が自ら華麗なボレーで押し込んで、反撃の狼煙(のろし)となる1点を返した。

 市立船橋はこの時点でも、まだ2点のリードがあった。しかし、さらなる圧力を仕掛けてくる立正大淞南の前に、守備を立て直す余裕はなかった。後半、“黄色いビッグウエーブ”は、まったく足が止まることなく、より激しいポジションチェンジ、積極的なくさびと縦パス、そして2トップの巧みなボールキープ、とどまることを知らない2列目からの飛び出しで勢いを加速させた。
 そして45分(35分ハーフ)、左CKを得ると、マイナスのグラウンダーのクロスに対し、ニアサイドで2人が同時にスルーし、後方から飛び込んできたDF中村謙吾がシュート。これは市立船橋のDFに当たるが、混戦からこぼれ球を拾った中村がクロスを上げ、ファーサイドで待ち構えた新里がコントロールしたヘディングシュートを決めて、ついに1点差に迫った。

 あと1点、いや2点。56分には決定的なシュートが顔面で防がれ、こぼれたボールを福島が拾うと、そのままクロス。ファーサイドに飛び込んだ加藤がダイビングヘッドを放つが、これは惜しくもクロスバーを直撃。その後も加藤、小田、新里が決定的な場面を作り出すが、市立船橋の最後の踏ん張りに阻まれ、なかなかゴールを奪えない。ロスタイムにも絶好なチャンスを作るも、あと一歩届かず。結局、市立船橋の粘りが立正大淞南の猛攻を上回り、同点、逆転には至らなかった。
 しかしながら、22分の3失点目以降、試合のほとんどの時間を市立船橋陣内で過ごした。ほぼワンサイドゲームだったのだ。市立船橋がそこまで防戦一方になるとは……。正直、驚きを隠せなかった。

 この熱戦を終え、南監督は選手をねぎらった……わけではなかった。試合後、ピッチサイドに選手を集めると、「これでやり切ったのか? 本当にやり切ったと思っているのか? これでよくやったと思うやつはやめてしまえ!」と厳しい檄(げき)を飛ばした。
 後のインターハイ王者をワンサイドゲームに追いやり、「リスク覚悟の攻撃サッカー」を貫きながらも、南監督はこれで良しとしなかった。裏を返せば、それだけ今年のチームの攻撃力に大きな期待を抱いているのだろう。こいつらはこんなもんじゃない――。そう確信しているからこその檄であった。

「もっとえげつないスピードのラストパスとか、パススピードを上げられたら、もうワンランク上に行ける。まだまだえげつなさが足りない」
 持ち前の独特の言い回しで、南監督は彼らに対する期待を口にした。

大黒柱が万全のコンディションで挑む

選手権では、インターハイで市立船橋と接戦を演じたこのメンバーに大黒柱の徳永が加わったチームで臨む 【安藤隆人】

 秋の高円宮杯全日本ユースでは1次ラウンドを突破し、決勝トーナメント進出を果たした。ラウンド16では清水エスパルスユースに1−4で敗れたが、彼らは大きな手応えをつかむことができた。
 そして最後の選手権。島根県予選で5試合30得点と圧倒的な攻撃力を見せつけ、危なげなく3年連続の出場を決めた。決勝のスコアが8−0ということからも、その破壊力は推して知るべしだろう。

 今大会には、インターハイは負傷欠場、高円宮杯は復帰間もなく本調子ではなかったチームの大黒柱・MF徳永裕次(3年)が万全のコンディションで挑んでくる。守備陣もDF竹内洸(3年)を中心に、強烈な個性を放つ攻撃陣を巧みに支え、時として積極的に攻撃参加を見せ、「リスク覚悟の攻撃サッカー」の質を高めている。

 インターハイのころと比べると、実力はワンランク上がっている。それを証明するには、結果で示すことが一番効果的だ。今大会、夏からのレベルアップを実証した時、南監督率いる異色のアタッカー集団は、これまで見たことのない景色を見ることができるだろう。

<了>
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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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