ダレッサンドロ「クラブW杯で優勝して有終の美を」=インテルナシオナルのエースが語る

クラブW杯に向けて調整するダレッサンドロ 【写真:ロイター/アフロ】

 かつて、“マラドーナの後継者”とも言われたダレッサンドロが、再び世界のひのき舞台に立とうとしている。2001年、地元アルゼンチンで行われたワールドユース(現U−20ワールドカップ=W杯=)でセンセーショナルな活躍を見せ、一躍脚光を浴びたダレッサンドロだったが、そのキャリアは期待されたようにはいかなかった。
 リバー・プレートからドイツのボルフスブルクに移籍したものの、強烈な個性故になかなか欧州のサッカーになじめず。クラブを転々とした後、行き着いたのはアルゼンチンのライバル国、ブラジルのインテルナシオナルだった。南米に戻り、輝きを取り戻したダレッサンドロはチームの中心として、タイトル獲得に貢献。インテルナシオナルを4年ぶりの南米王者に導くとともに、アルゼンチン代表への復帰も果たした。

 キャリアの第二のピークを迎えているダレッサンドロの次の目標は、8日に開幕したクラブW杯。自身を受け入れ、復活へのきっかけを与えてくれたポルト・アレグレの人々に世界一のタイトルをプレゼントするため、ダレッサンドロは中東の地での決戦に挑む。

ポルト・アレグレの人々はアルゼンチンの選手も応援してくれる

――クラブW杯でプレーする経験は、現時点での君のキャリアにおいて特別なことなんじゃないかい?

 その通りだ。素晴らしい経験になると思うよ。正直に言って、サッカー選手として、このようなステージに来られるとは考えていなかった。クラブW杯という重要な大会でプレーする可能性があるんだからね。
 僕はこれまでも、ヨーロッパのいくつかのチームでプレーすることができたけど、大きな大会とは無縁だった。奇妙なことではあるけれど、これが人生というものだ。今後はこの特別な瞬間を楽しむことができるだろうし、30歳に近付いた今、より幸せを感じながら生きていきたいと思っている。

――君はインテルナシオナルでスター選手の1人だ。アルゼンチン人がブラジルで愛されるのは不思議な感じだね

 サッカーにおいて、アルゼンチンとブラジルの間には強烈なライバル関係がある。そして近年は、ブラジルがアルゼンチンを圧倒してきた。でもその一方で、僕のように多くのアルゼンチン選手がブラジルのクラブと契約している。つまり、ブラジルの人々は僕らのクオリティーをよく認識しているということだ。幸いにもブラジルでうまくやっているし、結果を残すことで、ここでプレーし続けるチャンスを伸ばしているんだと思う。

 それは、僕やインテルナシオナルのチームメートだけではない。例えば、グレミオにいたマキシ・ロペスはブラジルで成功を収め、ヨーロッパへ戻るチャンスを得た(カターニアに移籍)。それから、フルミネンセのダリオ・コンカは、最も権威のあるブラジル全国選手権で最優秀選手に選ばれている。

 インテルナシオナルもグレミオも共に、ブラジル南部のポルト・アレグレ最大のチームだ。この地域はガウーショと呼ばれていて、ブラジルにありながらアルゼンチンにも近いから、僕らにとってはなじみやすいんだよ。実際、習慣や文化はアルゼンチンやウルグアイに似ているからね。だから、ポルト・アレグレの人々はアルゼンチンやウルグアイの選手も応援してくれるんだ。ファンの反感といったものも少ないから、僕らにとってはとても助けになるね。

――インテルナシオナルには君以外にもアルゼンチン選手がいるね

 そうだね。最終ラインではロベルト・アボンダンシエリがゴールを守っている。偉大なGKで経験も豊富だ。彼は、クラブW杯を制してキャリアを終えたいと思っているんだよ。もし優勝すれば、ボカ・ジュニアーズ時代の2000年、03年に続いて、3度目の世界制覇になる。アボンダンシエリはさまざまな大会で最も優勝経験のある選手の1人で、それが彼に冷静さを与えているんだ。

 それは、献身的で素晴らしいMFパブロ・ギナスにも同じことが言える。彼はインテルナシオナルの前はパラグアイでプレーしていた。あの無尽蔵のスタミナはチーム随一だよ。僕らは日に日に連係が取れてきているし、コンパクトなチームになり、いい結果を残している。あとはウルグアイ代表DFのゴンサロ・ソロンドもアルゼンチンと同じスペイン語圏の選手だし、より僕らアルゼンチン人チームに近いと言えるね。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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