MVP左腕・和田毅の意識改革=鷹詞2010〜たかことば〜

田尻耕太郎

“無冠”のレッテルを返上

 11月のある日、宮崎で秋季キャンプ中だった和田毅は監督室に呼ばれた。和田に声をかけに来た球団広報はその用件を言おうとしない。「何だろう」とやや不安になる。ノックをして部屋に入ると秋山幸二監督の第一声は「おめでとう」。そして右手を差し出してきた。
「???」
 あれ、聞いてないのか、と秋山監督。球団広報は“してやったり”とばかりに笑いながらそれを眺めていた。
「それでMVPの受賞を知りました。ビックリしたけど、すぐには実感がわきませんでしたね」
 2003年の入団1年目に新人王に輝いて以来、タイトルとは無縁だった左腕が最高の勲章を手にした。ことし、7年ぶりのリーグ優勝を果たした福岡ソフトバンク。和田は同級生左腕の杉内俊哉とともに先発陣をけん引し、1年間ローテーションを守り抜いた。結果、杉内を1つ上回る17勝。これも自身初となる最多勝のタイトル獲得となった。
「スギ(杉内)と優勝に向かって切磋琢磨した結果としての最多勝、すごくうれしいです!チーム、そして応援してくれたファンの皆さんに感謝しています。来年は2連覇のスギから最優秀投手(最高勝率)を奪取できるよう頑張ります(笑)」

プロ一番の走り込みと低めへの意識

 しかし、今季を迎えるまでは和田にとって苦しいことばかりだった。入団から5年連続で2ケタ勝利を達成する抜群の安定感を誇っていたが、08年に8勝しか挙げられずに記録がストップ。09年は左ひじの故障もありわずか4勝に終わっていた。
「ことし1月の自主トレではとにかく走り込みました。走るのは僕の原点。早大に進学したときも、当時はまだプロなんて目指せる立場ではありませんでしたが、相当量の走り込みを行ったことが今の自分につながりました。1月はあの時に負けないくらい走りました。プロに入ってから一番の量でしたね」
 その成果は開幕直後から発揮された。4月8日の千葉ロッテ戦(ヤフードーム)で自己最多となる15三振を奪っての完投勝利。「今までにないくらいフォームのバランスが良かった。肩もひじも疲れてなくて、20回まででも投げられそうな感じ。プロに入って初めての感覚でした」と自分自身で驚いた表情を見せるほどの快投だった。
 また、今季は被本塁打の少なさも目立った。シーズン11被弾は自己最少だ。昨季は84回3分の1を投げて13本塁打を浴びたのに対し、今季は倍以上の169回3分の1を投げたにもかかわらず本数は減少した。
「低めに投げる意識を特に強く心がけました。今までも考えていないわけではありませんでしたが、正直ことしほど強いものではありませんでした」

さらなる進化を求めて米国で自主トレ

 30歳を目前に“無冠の帝王”を見事に返上した。しかし、まだ課題はある。今季17勝を挙げたが、じつは完投は前述の1度だけ。同僚の杉内が5完投(すべて完封)しているだけに物足りなさも否めない。
 さらなる進化を求め、すでに来季に向けて本格始動をしている。秋季キャンプ終了後の11月29日に米国・アリゾナへ旅立った。パワーアップを求め、「日本では知らないトレーニング方法もあるかもしれない」と今月10日までの日程で“海外自主トレ”を敢行した。そして来年1月は宮崎で始動し、その後鹿児島県鹿屋市へ移動。五輪で金メダリストも輩出している鹿屋体育大の施設で練習を行う。鹿屋を訪れるのは大きな目的もある。日本でも数少ない1台数千万円もするという最新鋭の動画解析マシンがあり、プロ野球選手として初めて使用して自己分析をすることが決まっているのだ。
 福岡ソフトバンクは細川亨や内川聖一らをFAで獲得するなど野手陣の大型補強を繰り返したが、投手陣は現有戦力で戦うことが有力。かつての輝きを取り戻したMVP左腕の変わらぬ活躍が来季のリーグ連覇、そして日本一をつかみ取るための絶対条件となる。
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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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