好景気に沸くロシアサッカーの興隆と現実=本田、松井らがプレーするロシアのサッカーとは

元川悦子

2012年から導入する秋春制の影響は?

ロシアの地図を使って説明するRFPLのプリャドキン会長 【元川悦子】

 このようにリーグ、クラブ、代表とも前進を続けるロシア。彼らはこの勢いで欧州トップに躍り出る腹づもりだ。RFPLが12年から秋春制を導入するのもその一環。ロシアサッカー連盟副会長も兼務するプリャドキン氏はシーズン変更を強引に推し進め、欧州スタンダードに近づけようともくろむ。

「再来年の完全移行に向け、11年は変則シーズンを採用する。来季は11年3月〜12年5月の1年3カ月で、第1ピリオドが11年3〜8月、第2ピリオドが11年8〜11月、第3ピリオドが12年3〜5月となる。1・2ピリオドは16チームによる総当りのリーグ戦で、第3ピリオドは上位・下位8チームに分けての順位決定戦となる。上位は欧州リーグを目指せるし、下位は残留争いが最大のテーマになる。15・16位はディビジョン1(2部)に自動降格し、13・14位は入替戦を行う仕組みだ。
 完全秋春制に移行しても、寒さの厳しい12〜2月までは休むので試合開催には影響はない。ロシアの場合、6〜7月がバカンスシーズンであり、この時期に試合をやってもお客さんが来ないので、むしろ秋春制の方がクラブにとってもメリットは大きい」とプリャドキン会長は強気の姿勢を崩さない。

 けれども、実際には地方クラブや下部リーグ所属クラブから反対の声があるという。
「ゼニトやルビン、モスクワのクラブは秋春制導入を歓迎しているし、練習場など環境面の問題もない。が、地方の中小クラブは必ずしもそうではない。資金力を考えても淘汰(とうた)されてしまう可能性は否定できない。RFPLは『資金力のあるクラブだけでやればいい』と考えているようだが、国内全体のサッカー振興を考えると、今後が心配だ」とコベルヤツキー記者は懸念する。

 確かに、スタジアム1つ取ってみても、近代的な施設を持っているのはロコモティフとルビンくらい。ゼニトとテレク・クロズヌイは現在新スタジアムを建設中だが、それ以外は建設計画がストップしているか、古い施設のままだ。CSKAやディナモも現在、ディビジョン1のFCヒムキの本拠地を間借りしている。ここがモスクワ中心部から1時間以上かかる郊外にあるため、観客動員も伸び悩んでいる。

 スポーツ週刊誌『スポーツ・デイ・バイ・デイ』のエレーナ・グリュレグスカヤ記者はこう説明する。
「ディナモは市内のいい場所にスタジアムがあるものの、この2年間は完全に放置され、改修のメドも立っていない。CSKAもディナモの本拠地から近い場所に新スタジアム建設を計画しているが、土地使用の問題でもめていて頓挫(とんざ)したまま。スパルタクも新スタジアム近くに地下鉄駅「スパルタクスカヤ」を作ろうとしているが、その手続きが遅れていて、当分は国立競技場であるルジニキを使わなければいけない状況です」

ロシア人選手の育成に問題あり

トゥルード・スタジアムのひび割れたスタンド。環境、育成面などロシアサッカーには課題も残されている 【元川悦子】

 ビッグクラブがこの調子なのだから、いわんや地方をや、だ。松井のいるトム・トムスクにしても、築70年のトゥルード・スタジアムを使っているが、スタンドのあちこちにヒビが入り、階段が曲がるなど日本なら確実に問題になる状態だった。もちろん屋根はないから、豪雪の時期は試合ができない。ヒーティングシステム完備の天然芝ピッチだけは素晴らしかったものの、ファンの快適さを考えるとやはり問題がある。
「RFPLのクラブは戦力補強にばかり目を向けていて、ファンサービスやサッカー普及には関心が薄い。モスクワの強豪チームが自前のスタジアムを持っていないというのは、世界基準から考えると異常と言わざるを得ない。12月2日に開催地が決定する18年のW杯を招致できれば、国家予算もつぎ込まれて環境は整うのだろうが……」とコベルヤツキー氏は嘆く。

 ファン目線に立った環境整備が遅れていることに加え、若いロシア人選手の育成がうまくいっていない。これは同国の将来を揺るがす大きな問題といえる。
「今のロシアの18〜23歳世代はアルシャービン(アーセナル)のような傑出したタレントが見当たらない。06年にU−17欧州選手権で優勝したメンバーが現代表に1人も入っていないという信じがたい現実もある。クラブが外国人選手に依存しすぎていることも一因だろうが、連盟やRPFLは現状をもっと深刻に捉えるべき。国全体のサッカー普及や選手育成に目を向け、資金を投じることが何よりも重要だ」とコベルヤツキー氏はあらためて強調していた。

 あまりに急ピッチの躍進を遂げたがゆえに、ファンのための環境作りや選手育成システムが遅れているロシア。そこを改善しなければ、真の強豪国の仲間入りはできない。ただ、この国には豊富なエネルギー資源があり経済成長が続くと見られるため、サッカーへの投資は今後も期待できる。広い国土から選手をくまなく発掘することができれば、さらにレベルも上がるだろう。大きなポテンシャルを秘めているロシアがこの先、どうなっていくのか。18年W杯の行方を含めて、この大国の今後が実に興味深い。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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