巻誠一郎、未知なる異国で生きる道=ロシアでの挑戦を大いに語る 前編

元川悦子

取材したのはトム・トムスク戦。同じロシアでプレーする松井大輔と再会した 【元川悦子】

 2006年ワールドカップ・ドイツ大会のサプライズ選出から4年。巻誠一郎は今夏、ロシア・プレミアリーグのアムカル・ペルミで、新たなるキャリアをスタートさせた。
 ドイツで世界の舞台に立ち、その後のオシムジャパンではFWの大黒柱に据えられた男にとって、ジェフ千葉のJ2降格、そして今季の苦境は予期せぬものだった。1年でのJ1復帰を誓った彼が直面したのはまさかの控え生活。そして今季限りでの契約打ち切りを通告される。「僕にとってはマンチェスター・ユナイテッドやバルセロナと同じ価値がこのクラブにはある」と口にするほど、千葉を愛していた巻にとっては、大きな挫折だった。
 そこで決断したのが、ロシアという新天地への移籍である。異国から届いたオファーを快諾した彼は今、慣れない環境で日々、模索を続けている。そんな巻に現地で会い、ロシアでの生活やプレーの難しさなど近況を聞いた。

ロシアのサッカーは全く分からなかった

――まず移籍の経緯から教えてください

 アムカル・ペルミからオファーが来るのと同じタイミングでジェフから「契約しない」と言われました。「チームを若返らせたいから、今後のゲームに使う気はない」と。そういう状況だったし、(アムカル・ペルミからのオファーは)いい話なんで前向きに考えました。今のクラブは日本との関係を重視していて、何人かリストアップして映像を見て僕に決めたらしいです。オシムさんの推薦ってことじゃないみたいですね。

――アムカル・ペルミには8月上旬に合流したんですよね

 2日に来て、3日からトレーニングして、7日のゲームに出ました。長い間、試合に出ていなかったし、ゲーム勘と体力的にきつかった。空回りしていた部分もありましたね。ロシアのサッカーは全く分からなかった。前からプレッシャーを掛けようとしても後ろが全然ついてこないとか、逆にここは止まるところかなと思ったら前から行けって言われるとか、そんな難しさがありました。
 日本との大きな違いはピッチですね。ホームもそうですけど、人工芝が多くてボールが弾む感じも全然違います。それに練習着にしても、スパイクにしても、日本みたいに全部用意してくれるわけじゃない。これまでとの違いは確かにあります。

――練習環境はどうですか

 一応、整っています。僕らのクラブは練習もスタジアムでやっています。トレーニングジムもプールも宿泊施設もあるし、レストランもついているし、そこで全部賄えます。スタジアムの裏側に天然芝と人工芝のピッチが一面ずつあって、女子チームが練習していたりします。でも僕らトップチームはスタジアムしか使っていません。

この年齢で新たな経験ができるのはありがたい

日本とは違う環境にも、オシムに鍛えられた巻は戸惑うことは少ないようだ 【元川悦子】

――家族と離れて単身で挑戦しているので、生活面でも困ることが多いのでは

 食事はスタジアムで食べられます。自分でも炊飯器は持ってきているし、朝はご飯とみそ汁とかを自分で作っているから問題ないです。
 この国では銀行に行ってもすごい時間がかかったりする。1〜2週間で口座ができると言われて1カ月かかったりね。だけど、もともと僕の中でのロシアという国はそんなにすべてが整っていない印象だったし、ある程度、割り切って来ましたからね。ペルミの町は治安もそんなに悪くないし、人も穏やかです。一度、道の真ん中で車が止まった時もみんなで押してくれて。「スタンドまで行くぞ」って。そういう温かいところもありますよ。

――ロシアの場合、意思疎通の問題はかなり大きいですよね

 僕自身、英語もそんなに話せないんで……。まあ、大変ですけど、サッカーの用語はそんなに多くない。右、左、前、危ないとか、早く戻れ、カウンターとか、その程度なら分かるようになってきましたね。

――海外へ出て行くと「環境適応」が大きなテーマになりますが

 オシムさんの時も日々、時間が変化したり、臨機応変にやっていたので、免疫力があった。それが良かったのかな。自分は今まで日本でぬくぬくとサッカーをやっていたし、この年齢で新たな経験ができるのはありがたいこと。もっと早くこういうことをやっていたら、もっとうまくなっていたのかなと思いますね(笑)。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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