「南北多摩合戦」のてん末=JFL定点観測2010

宇都宮徹壱

ダービーにふさわしい劇的な幕切れ

町田のFW勝又(右)を抑える武蔵野のキャプテン瀬田。先制した武蔵野は、その後も守備の集中力が光った 【宇都宮徹壱】

 先制したのは、意外にも武蔵野であった。8分、ショートカウンターから左サイドに展開していた遠藤真仁がクロス。これを冨岡大吾が頭で合わせてネットを揺らす。それまで試合を支配していた町田は、守備的な相手がここまで一気呵成(かせい)に仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。町田の相馬監督も「カウンター(でやられた)というわけではなかったが、こちらにすきがあった」と反省しきりであった。

 だが、この日の武蔵野が際立っていたのは、むしろ守備であった。ボールホルダーを囲みながらパスコースを消し、決定的な場面を作られてもしっかり体を張って相手のバランスを崩す。とにかく集中力が途切れることなく、相手のボールを奪っては積極的に攻撃に転じていく。前半は、ほとんどの時間帯を武蔵野が制していた。町田は37分に、キャプテンの藤田泰成のFKが直接バーに当たる惜しいシーンがあったが、それ以外は武蔵野の鉄壁の守備に阻まれ、なかなかシュートを打たせてもらえない。前半は武蔵野の1点リードのまま終了する。

「前半は無失点で」という武蔵野のプランは、前半で見事に達成された。後半も「もう1点必要」(依田監督)ということで前に出るのだが、地力で勝る町田の攻撃力に何度も押し返されてしまう。この日の町田は、これまで中盤の底で存在感を示してきた柳崎祥兵が出場停止。「運動量のある選手なので、1人で穴埋めできないと感じていた」(相馬監督)ということで、鈴木崇文と大前博行の2人が守備的MFで起用されたが、結果的に中盤のバランスが取れて攻撃に厚みができたように感じられた。後半はずっと町田がペースを握り、ついに後半33分に武蔵野の壁をこじ開ける。左サイドでのスローインから、久利研人(後半17分から斎藤に代わって途中出場)がクロスを上げ、これを木島良輔が右足で同点ゴールを決める。武蔵野の気迫と集中力も、ついに限界を超えたかに思われた。

 だが、さすがは「南北多摩合戦」にふさわしく、最後の最後でドラマが待っていた。アディショナルタイムの3分、相手GKのこぼれ球を武蔵野のDF金守貴紀が滑り込むように右足で押し込み、待望の勝ち越しゴールを挙げる。次の瞬間、金守はベンチのチームメートから祝福を受け、喜びの輪はどんどん広がっていった。まさにダービーを象徴するようなシーンである。その後、町田が相手ゴール付近でFKのチャンスを得るも、ここはGK飯塚渉が冷静にブロック。直後に試合終了のホイッスルが鳴り、アウエーの武蔵野が今季最後のダービーを制した。

来年の「南北多摩合戦」に願うこと

金守の決勝ゴールにベンチのメンバーも祝福。武蔵野は前節に続き、上位陣に劇的な勝利を収めた 【宇都宮徹壱】

「残り4試合をどう戦うか。何か形になるものが得られるわけではないですが、気持ちの部分でやり通すという勝利だったと思います」

 勝利した武蔵野の依田監督は、勝利の意義について、このように述べた。「気持ちの部分」というのは、これまで続けてきたチームコンセプトが揺らいだことを意味するようだ。今後は「短いパスだけでなく、飛ばすボールを使いながら、相手に的を絞らせない工夫をしていきたい」とのこと。この日の試合では、その方向性はそれほど明確には感じられなかったが、目標設定としては悪くないと思う。上を目指さない武蔵野の場合、常に来季へのテーマ設定というものが必須となる。今季の低迷は、そうしたテーマ設定が漠然としていたことが遠因としてあるのかもしれない。

 一方、敗れた町田の相馬監督。「5連勝は意識していたか?」という質問に対して、不機嫌そうな表情でこのように答えている。

「もちろん、今日も勝つつもりでした。とにかく現場からすると、ピッチの中で表現するしかない状況ですから。その中で、目の前の試合に勝つことしかモチベーションはない。選手たちは頑張って、最後まで戦ってくれたと思います」

「ピッチの中で表現するしかない」というのは、おそらくJリーグ昇格を意識した発言であろう。先述の通り、町田はJリーグ入会予備審査の結果により、来季のJリーグ入りを断念することが発表されている。ただし現場サイドは「このまま勝利を重ねていれば、もしかしたら」という奇跡を求めて、その後のリーグ戦を戦い続けているようだ。でなければ「J断念後」も、これほどチームがモチベーションを維持している理由を説明するのは難しい。

 そういえば試合後に、武蔵野サポーターが陣取るスタンドから「また、来年もやろう!」という声が聞こえた。さすがにこの発言には他意はなく、純粋に「今後もダービーを通じて高め合おう」というニュアンスだったのだと思う。町田としては、武蔵野との「南北多摩合戦」は4回で終わらせたかっただろう。だが現状をかんがみるに、来季も町田がJFLで戦う可能性は極めて高いと言わざるを得ない。ならば、来季もまたJFLの舞台で、この日のようなスリリングなダービーを見せてほしい――少なくとも私はそう考える。

 もちろん町田については、いずれ近い将来にJの舞台に上り詰めてほしい。だが一方で、せっかく身近な場所で成立したダービーが、たった2シーズンで終わってしまうのも残念な話である。Jリーグの判断が、どのような形で決着するかは分からない。が、たとえ来季もJFLで活動することが決定したとしても、町田は胸を張って引き続きチャレンジを続けてほしい。そして今度こそ、武蔵野との「南北多摩合戦」をイーブンにして、晴れてJリーグ昇格を実現させてほしい。町田と武蔵野、両チームに親しみを感じる東京都在住の私は、そう強く願う次第である。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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