「南北多摩合戦」のてん末=JFL定点観測2010

宇都宮徹壱

幻の「東京ダービー」について

西が丘に大挙してやってきた町田のサポーター。「南北多摩合戦」での勝利を期して応援にも力が入る 【宇都宮徹壱】

 台風14号が過ぎ去った10月最後の日曜日、西が丘サッカー場に向かった。
 すでにJ1では名古屋グランパスの独走態勢が明確となり、なでしこリーグも31日が最終節である。国内の各リーグがフィナーレに向けて粛々と進行している中、JFLもまた、ガイナーレ鳥取が5試合を残して(後期第12節)早々とリーグ優勝を決めてしまった。今後の注目点は、Jリーグ昇格のチャンスが残る松本山雅FCが4位以内を確保できるか、入れ替え戦に臨む最下位チームはどこになるのか、そしてそれぞれのチームの最終順位がどこに落ち着くのか、といったところであろうか。

 そんな中、最も見応えがありそうなカードを選ぶとしたら、西が丘で行われる町田ゼルビアと横河武蔵野FCしかないだろう。前節の時点で町田はリーグ2位、武蔵野は11位。順位には開きがあるものの、両者は共に在京のクラブだ。お互いに負けられない相手故に、盛り上がること必至であろう。ちなみに今回は町田のホームゲームなのだが、彼らのホームグラウンドである町田市陸上競技場(通称、野津田)が大々的な改修作業に入ってしまったため、今回は西が丘での開催となった。

 ところで町田と武蔵野の対戦は「南北多摩合戦」と呼ばれている。昨シーズンの序盤戦では「東京ダービー」とも呼ばれていたのだが、今ではすっかり「黒歴史」になってしまっているようだ。実は昨年の4月、スポーツナビで町田の戸塚哲也監督(当時)と武蔵野の依田博樹監督に「新たな『東京ダービー』に向けて」という対談をしていただいたことがある。当然、両チームの関係者も「東京ダービー」という呼称については黙認済みで、それぞれの公式サイトにもそのような記載があったと記憶する。ところが「町田」「武蔵野」という地名に誇りを持つそれぞれのサポーターには、いささか受け入れ難いものがあったらしく、その後は「南北多摩合戦」が定着して現在に至っている。

 今となっては、さほど熟慮せずに「東京ダービー」と銘打ってしまったことを反省している。町田と武蔵野の対戦を「東京ダービー」とか「首都ダービー」と呼ぶには、確かに大げさにすぎると思うし、両チームともFC東京や東京ヴェルディのように「東京」を標榜しているわけでもない。そうして考えると「南北多摩合戦」という名称は「地域性」という意味で実情に近く、両チームのサポーターにも最もしっくりくるのであろう。「東京ダービー」というネーミングは、私にとっても少しばかり苦い思い出なのである。

「南北多摩合戦」に臨む両チームの状況

この日はセカンドユニホームの黄色で身を固めた武蔵野のイレブン。前回の町田戦は2−3で敗れている 【宇都宮徹壱】

「コウヤも意外と稼いでる〜♪」
「焼き肉おごれ! 焼き肉おごれ!」

 選手入場の直前、武蔵野のサポーターから、何とも愉快なチャントが発せられた。「コウヤ」とは、町田の左サイドバック、斎藤広野のこと。昨年まで武蔵野所属だった選手だ。当の斎藤は、右手を顔の前で振りながら「んなわけナイナイ」と苦笑い。いくら町田がJを目指すプロクラブといっても、JFLで活動している以上、選手が得られる収入はおのずと限られる。もちろん武蔵野のサポーターも、それを承知で「焼き肉おごれ!」とはやし立てているはずだ。前所属の選手が対戦チームにいる場合、Jリーグでは容赦なくブーイングされるのが常だが、JFLの場合はもっと緩くて優しい。そこに痛烈なウィットをさりげなく差し込むのが、武蔵野サポーターの流儀なのだろう。ちなみに武蔵野は、斎藤のほかにもう1人、MFの太田康介も引き抜かれている(この日はベンチスタート)。

 あらためて、この日の「南北多摩合戦」に臨む両チームの状況を振り返ってみたい。まずはアウエーの武蔵野。昨シーズン、チーム史上最高の2位に上り詰めた武蔵野は、さらなる高みを目指して今シーズンを迎えたものの、今季は苦戦が続いてずっと2ケタ順位の状況が続いている。その原因としては、前述した主力選手の引き抜きのほかに、Jリーグ準加盟チームが着実に力を付けてきたこと、そして相手のスカウティングに対して明確な打開策が見いだせなかったことが挙げられよう。それでも、リーグ戦終盤にきてようやく持ち直し、前節は2位のSAGAWA SHIGA FCをホームで2−1で破って、鳥取の優勝に大きく貢献している。この町田戦にも勝利して、勢いに乗りたいところだろう。

 対する町田はJ準加盟2年目の今季、相馬直樹新監督の下で開幕7試合無敗を記録するなど、好調なスタートを切った。その後、2連敗、3連敗を喫することがあっても、その都度チームを軌道修正し、後期リーグに入ってからも昇格圏内である4位以内をキープ。ホームゲームでの平均入場者数3000人もクリアし、野津田の改修も決まるなどJ昇格に向けた準備は着々と整ったかに見えた。ところが9月になって、Jリーグ入会予備審査の審査結果により、来季のJリーグ入りを断念することが発表される。この件については前回のコラムで言及しているので、あまり多くを語る必要はあるまい。ここで強調しておきたいのは、その後も町田がモチベーションを落すことなく、むしろ貪欲(どんよく)に勝利し続けていることだ。「J断念」の会見以降、敗れたのは1試合のみ。今季2度目となる4連勝を果たし、この「南北多摩合戦」を迎えることとなった。対武蔵野戦の通算成績は1勝2敗。町田としては是が非でも勝利して、イーブンに持ち込みたいところである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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