村上、羽生がドラマチックなシニアデビュー
フィギュアスケートNHK杯

羽生のジャンパーとしてのポテンシャル

シニアデビュー戦でいきなり4回転ジャンプを決めた羽生
シニアデビュー戦でいきなり4回転ジャンプを決めた羽生【坂本清】

 そして、激戦にもかかわらず男子で4位に入った羽生結弦。女子以上にシニアの壁が厚い男子でこの結果は素晴らしいが、順位よりも何よりも驚いたのは、15歳の高校1年生が、シニアデビュー戦でいきなり4回転ジャンプを決めてしまったことだ。


 たとえば世界屈指の4回転ジャンパーとして知られた本田武史でも、初成功は高校2年生の3月(シニアデビュー3年目)。おそらく15歳での4回転ジャンプ成功は、日本人最年少記録樹立だろう。正直にいえば、夏の練習やアイスショーでの彼を見る限り、初戦で4回転が入るとはとても思えなかった。トリプルアクセルは完ぺきだし、ジャンプのセンスは高いが、まだ練習で不完全なジャンプがいきなりシニア初戦で入るはずがない……そう思っていたことを本人に伝えると、「うん、僕も跳べるとは思っていませんでした」と笑う。

羽生は激戦の男子シングルで4位に入った
羽生は激戦の男子シングルで4位に入った【坂本清】

 どうやらNHK杯で4回転を成功させた秘密は、公式練習で高橋大輔(関大大学院)や無良崇人(中京大)とともに滑り、彼らの4回転を目の当たりにしたことにあるらしい。シーズンオフ、最も4回転の調子が良かったのも、実は4月のアイスショー公演中。共演者の高橋、織田信成(関大)、小塚崇彦(トヨタ自動車)らが跳ぶ4回転を見続けることで、自然に身体がジャンプを跳んでいたのだという。羽生のジャンパーとしてのポテンシャルは、計り知れない。


 また、村上同様、羽生の独特の演技にもまた、惹(ひ)きつけられた人は多いのではないだろうか。特にSPの『白鳥の湖』。しなやかで、艶(あで)やかで、ドラマチック。日本人離れ、男性離れした個性的な演技は、深く妖しい色の湖の底をのぞき込むような気分にさせてくれる。まだ完成されてはいないけれど、ここまでユニークな、彼ならではの世界を描いて見せたのが15歳の少年だということに、人々は驚いたはずだ。4回転のハードな練習を重ねながら、よくぞここまでプログラムを滑り込んで来たな、と感心しないわけにはいかない。シーズンオフには、まだまだだと思われてきたジャンプも、演技も、大舞台に合わせてここまで仕上げてくる――この力は、若くとも文句なくトップアスリートのものだ。

牙を持つ競技者

羽生は氷の上のやわらかな演技とは対照的に競技者として厳しい一面を持つ
羽生は氷の上のやわらかな演技とは対照的に競技者として厳しい一面を持つ【坂本清】

 さらに村上佳菜子同様、メンタル面での羽生の強さもまた、お伝えしておきたい。日本の男子選手は、オリンピックに出場したトップ3をはじめ、みんながみんな「優しい男の子」たちだ。気の強いアスリート気質の日本の女子選手たちに比べれば、勝負に対して少し欲がない。しかし羽生は彼らの中で唯一、牙を持つ競技者。勝負事が大好きで、大舞台となるとその緊張感さえ楽しみ、「勝つこと」に大きな快感を覚える。ライバル視している海外選手が試合で元気がなければ、「せっかくの対戦なのに万全にして来ないなんて。次は絶対決着をつけてやる!」などと怒る。氷の上のやわらかな演技からは、そんな彼が想像できないだろう。しかしプログラムの端々で見せる猛々しい表情に、この15歳の少年の比類なき強さを感じることはないだろうか。


 技術、アピール力、精神力――フィギュアスケートに必要な力を、まずはひととおり備えた村上佳菜子と羽生結弦。多くの人々の期待に応え、「よし、二人は間違いなく本物!」と、認めさせたデビュー戦。

 2010年NHK杯は、いつか彼らが世界チャンピオンとなった日に、必ず懐かしく思い出すメモリアルな一戦となった。


<了>

青嶋ひろの

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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