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アルゼンチン代表監督決定までのカウントダウン

ビラルドのリストに入るのは?

アルゼンチン代表次期監督選定の鍵を握ると言われるGMのビラルド(右)
アルゼンチン代表次期監督選定の鍵を握ると言われるGMのビラルド(右)【写真:AP/アフロ】

 セルヒオ・バティスタ暫定監督率いるほぼベストメンバーのアルゼンチン代表が、ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会以降、3試合目の親善試合となる日本戦に臨むべく来日した。その一方で、ブエノスアイレスのアルゼンチンサッカー協会(AFA)では、2014年のW杯・ブラジル大会に向けて最終的に誰にチームを任せるべきか、監督選びを急ピッチで進めている。


 実際、AFA理事会によって任命された委員会のメンバーは、10月末までに監督を決定する役割を担っている。テクニカルスタッフの中でバティスタとともに唯一、W杯後も代表チームに残っているゼネラル・マネジャー(GM)のカルロス・ビラルドが候補に挙げる数人のうち(3、4人だと思われる)、1人に絞らなければならない。


 新監督として取りざたされている候補の中で、ビラルドの趣向と合いそうな人物は2人いる。現在、アペルトゥーラ(前期リーグ)で首位を走り、2009年のコパ・リベルタドーレスを制したエストゥディアンテスの現監督、アレハンドロ・サベージャだ。

 もう1人は、ラシン・クラブの現監督ミゲル・アンヘル・ルッソ。ボカ・ジュニアーズを率い、07年のコパ・リベルタドーレス優勝を果たした。両者とも80年代に選手として、アルゼンチン代表監督だったビラルドのもとでプレーしており、GMもよく知る存在だ。ビラルドは代表チームを1986年のW杯・メキシコ大会で優勝、90年イタリア大会ではファイナリストに導いている。

最後の大物、ビアンチ

 さらに、3人の大物の名前も新指揮官候補に挙がっている。1人はカルロス・ビアンチだ。仕事に対する真摯(しんし)な姿勢と、これまでの圧倒的な実績によって、専門家やファンを対象に行われた調査では圧倒的な票を集めて1位となった。かつて指揮を執ったべレス・サルスフィエルド(93−96、96年はローマを率いるが途中解任、その後べレスに復帰)とボカ・ジュニアーズ(98−04、01年に一度退任後、03年に復帰)で解任の憂き目に遭ったのはおかしなことだった。


 ビアンチはべレスとボカを指揮して計7度の国内リーグ優勝、4度のコパ・リベルタドーレス制覇を果たし、トヨタカップ(現クラブW杯)でも3度の栄冠に輝いている(3度のうち2度はミラン、1度はレアル・マドリーに勝利)。他国から見れば、そのように成功した監督が、なぜ代表チームを一度も率いたことがないのか理解に苦しむことだろう。ビアンチならば、ほかの監督ではまとめるのがほぼ不可能なグループを1つにすることができるだろうと言われている。


 実際、投票権を持つ委員会のメンバーであるべレスとボカの代表者は、自らの票を決めているに違いない。ラヌースの代表者も追随しそうだ。だが、問題もある。ビアンチは考え方の違いからAFA会長のフリオ・グロンドーナと距離を置いており、98年W杯・フランス大会後に受けた監督就任のオファーも断っている。何が起きていたかと言えば、ビアンチは既にボカと話がついており、そこからクラブの黄金時代が始まったのだ。

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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