井田イズムを継承する名門・静岡学園の変化=高円宮杯準々決勝 静岡学園 2(延長)1 横浜FMユース
劇的な幕切れで前回王者に粘り勝ち
静岡学園は前回王者の横浜FMユースを破り、高校チームとして唯一ベスト4に進出 【平野貴也】
高校サッカーに多少なりとも興味があれば、静岡学園の名を一度は聞いたことがあるだろう。1995年に高校選手権で全国制覇(鹿児島実業高校と両校優勝)を果たした強豪校で、個人技に優れたブラジルのようなチームスタイルが持ち味だ。中退してブラジルへ渡りプロになった「カズ」こと三浦知良(横浜FC)をはじめテクニックあふれる数々のプロ選手を輩出。現役でも狩野健太(横浜FM)らが活躍している。
しかし、この名門校に近年1つの変化が起きている。72年の監督就任から60名以上のプロ選手を育ててきた井田勝通氏が2008年度で同職を勇退。現在は井田氏の教え子で長らくコーチを務めてきた川口修監督が指揮を執っている。そして、監督交代と時期を同じくして、学園の理事が変わった。私学では、オーナー交代により方針が変わる事例は少なくない。静岡学園では「以前はあまり厳しくなかったが、今は学校成績で5科目オール3をクリアしなければ一切入学できなくなった」(井田氏)という。チームの選択肢が豊富な静岡で入部のハードルを上げれば、来るはずだった素材がほかに流れる。名門校は今、そうした状況と対面しつつある。
現在のチームを率いる川口監督は、井田氏の築いたラテンサッカーを引き継ぎながら、1つの新しい味を加えている。高円宮杯の準々決勝は、前回王者の横浜FMユースを相手に粘り強い守備で対抗し、延長戦アディショナルタイムの決勝弾という劇的な幕切れで勝利を飾った。
しかも、後半終了間際に追いつかれ、延長前半6分には交代枠を使い切った後で負傷者が出たため、負傷者が応急処置のテーピングを施して復帰するまでの計10分弱を1人少ない状況で戦うという、苦しい展開からの決勝点だった。かつて、「うまい選手が多いけれど、チームとしては脆さがある」と言われた静岡学園の泣きどころを埋めるような粘り勝ちに、指揮官は「粘り強くなった? そう言われるとうれしいですね。ようやく、最後に(クロスやシュートをブロックする)足が出るようになったんです」と笑顔を見せた。
まだ監督に就任して2年目。師もベンチで隣にいるためか、大きく独自色を言葉にしてアピールすることには控えめだ。だが、守備面で組織力と粘り強さが増しているあたりに、新しい指揮官の個性が出始めている。戦力の獲得が難しくなりつつある状況について聞くと「推薦枠自体は減っていませんよ。(勝ったので)これで1人でも多く、選手が来てくれるようになるとうれしいですね」と悲観的な意見を否定しつつ、本音をのぞかせた。
名将が始める新たな取り組み
現在のチームを率いる川口監督(左端)と前任の井田氏(左から2人目) 【平野貴也】
ただ、エキスパートアドバイザー契約は来年3月には満了する。契約更新は学園の方針次第というが、井田氏はすでに別の歩みも始めている。静岡のNPO法人が運営する「バンレオール岡部サッカークラブジュニアユース」(クラブマークやユニホームは静岡学園にとても似ている)にGM(ゼネラル・マネジャー)として参加しているのだ。
「今度は小学校の3年生ぐらいから15歳になるまで、徹底的にドリブルやストライカーとしての技術を教えてみようかとも思っている。小さいうちから厳しくやらなければ、いい選手は育たない。ゴルフやテニスなど個人競技は小さいうちから厳しい指導を受けた子が伸びているけど、チームスポーツのサッカーでは(素材として)良いのがいても、チームや監督の都合でつぶされてしまう。言うことを聞く子ばかり求める。団結のために個性をなくすのでなく、個性が団結した時が本当に面白くて素晴らしい。オレはハードにやる」と静岡学園で数々の個性を育て、今なお衰えない情熱を語る。
井田氏の教えを受け継ぎながら川口監督の下で進化する高校チームと、井田イズムを移植したクラブチームは、どちらも静岡学園から生まれている。そして、現在は、井田氏が育てた選手が川口監督の下で活躍するという形で、2つの流れは交わっている。いずれクラブにユース部門ができればライバルにもなるが、学園の方針次第では、強力な素材育成の場が中等部とクラブの2カ所に広がる可能性もある。名門は今、変化の時を迎えている。
<了>
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