青森山田、長距離移動のハンディを強さに変えて=高円宮杯ラウンド16 FC東京U-18 2−0 青森山田

安藤隆人

“全国行脚”の旅で精神的な強さを身につける

ラウンド16でFC東京U-18に0−2で敗れ、青森山田の高円宮杯は幕を閉じた 【安藤隆人】

 80時間。これは今大会、青森山田が移動に費やした総時間だ。前人未到のプリンスリーグ東北8連覇を達成し、東北の雄として長く君臨している青森山田。今年は鹿島アントラーズ加入内定のMF柴崎岳、清水エスパルス加入内定のGK櫛引政敏、そしてFW成田鷹晃、MF三田尚希、DF横濱光俊という、昨年度の高校選手権準優勝のメンバーが中心となり、全国的にも上位に食い込めるチームとして注目を集めた。

 だが、彼らにとって単純な実力以外に大きなハンディがあった。それが移動距離という外的なものであった。ご存じの通り、青森は本州最北端に位置し、関東や関西に出向くには非常に時間がかかる。しかも、青森山田は新幹線や飛行機を使わず、チームバスで移動しているのだ。主に正木昌宣コーチがハンドルを握り、1年をかけて東北全体はもちろん、北信越、関東、東海、関西、中国までバスを走らせる。その走行距離たるや気が遠くなりそうなものだろう。

 特に冬場から春にかけては、雪が残るため、春休みを使って“全国行脚”の旅に出る。1カ月近く青森に帰らないこともある。試合をしてはバスで移動し、そしてまた試合をする。こうしたハードな日程をこなすことで、青森山田の選手たちは精神的な強さを身につけていく。
 今年のインターハイ(高校総体)でも大阪までバスで移動し、飛行機で沖縄入り。初戦で、優勝した市立船橋に1−2で敗れたが、そのまま大会終了日まで沖縄で練習試合をこなし、大阪まで飛行機で戻ると、そのままバスで石川県へ移動。星稜が中心となって開催される石川フェスティバルに参加してから、青森に戻るというハードスケジュールを乗り切った。

 そして迎えた高円宮杯、抽選前に「静岡(藤枝)だけは引きたくないな」と黒田剛監督は語っていたが、運命のいたずらか、青森から一番遠い静岡会場に決まった。
 青森から片道15時間をかけての移動、残暑が残る中で45分ハーフのレベルの高いゲーム、そしてそのまま帰路へ……。選手、スタッフに掛かる負担は相当なものである。「静岡〜青森の2往復はさすがにきつかったけど、選手たちはそういう中でよく戦ってくれた。特に千葉U−18戦の前にはモチベーションを上げてやってくれた」と黒田監督が語ったように、グループリーグ初戦こそ静岡学園に1−2で敗れたが、第2戦の立正大淞南戦で2−2、ベスト16入りを懸けたジェフ千葉U−18戦では、2−0の勝利を収め、グループ2位で決勝トーナメント進出を決めた。

 移動という大きなハンディを抱えながらも、しっかりと結果を残す。こうした強さが青森山田にはある。
「移動は正直きつい。青森は外れの外れだから、移動が半端ないのは当然。バスで6時間、9時間、ひどい時には10時間以上も揺られて、毎週試合をやる。コンディション的に苦しいし、きついのは事実。でも、それがすべてダメかと言ったらそうではない。決していいとは言えない環境の中でも、試合を戦い、結果を残すメンタリティーが将来に生きてくる。
 世界のトップクラスの選手たちは最初は貧しい選手が多い。でも、厳しい環境にいることで、ハングリーになる。今の日本は本当に裕福だし、その中で精神的な厳しさをいかに与えられるか。精神的に厳しい環境を与えることは、絶対に選手の成長に必要なことで、長距離移動もその1つだと思う。移動がきつかったから負けたとか、いいプレーが出せなかったとか、そういうのは言ってはいけないし、泣き言は絶対にダメ。我慢し、自覚を持つことが選手を強くしていく。それが日本流ハングリーだと思う」(黒田監督)

青森山田の選手たちは最後まで走り続けた

敗れたものの、後半は柴崎(写真)を中心に青森山田がペースをつかんだ 【安藤隆人】

 ハンディをハンディのままで終わらせない。逆にチャンスととらえ、選手の成長を促す。決勝トーナメント1回戦のFC東京U−18との試合は、この点がはっきりとピッチに映し出された。

 立ち上がりからこう着状態が続いたが、32分にペナルティーエリア付近でDF舛沢樹が、空振りをしてしまい、そのままFW秋岡活哉にGKとの1対1を沈められ、予期せぬ形で先制点を浴びてしまう。さらに39分にはその動揺を突かれ、再び秋岡に2点目を奪われた。
 しかし後半、ペースをつかんだのは青森山田だった。柴崎が低い位置でボールを受けて、巧みにさばき出すと、ボランチのコンビを組む2年生MF差波優人も、三田、MF佐々木俊希、成田、FW橘一輝らと連動して、FC東京を翻弄(ほんろう)する。そして、積極的なミドルシュートと、裏への飛び出しで、何度もFC東京ゴールに迫った。怒とうの攻撃に耐えるFC東京の選手たちは足をつり、ピッチに倒れ込むシーンが目立つようになる。一方で青森山田の選手たちは誰一人足がつることなく、最後まで走り続けた。

 試合はFC東京の粘りの前にゴールを奪えず、0−2の敗戦。青森山田の高円宮杯はここで幕を閉じたが、「ミスで失点をしてしまった。センターバックもいい勉強になったと思う。そういう面では(高校)選手権に向けていい収穫となった。FC東京を相手にこれくらい戦えたことは自信になったし、移動が多い中で、後半の方が良かったということは、コンディション作りも大きかったと思う。選手権でもこの経験を生かして、入念な準備をしながら挑んでいきたい」と黒田監督が語ったように、敗れはしたものの、大きな手応えを得ることができた試合であった。
「(柴崎)岳だけじゃなく、差波も良くなったし、舛沢も今日はミスをしたけど、いいプレーを見せている。途中から入ったFW舘川(一成)も、今後鍛えたら面白い。橘も良さが出ているので、選手権は楽しみだと思う」(黒田監督)

 試合後、バスの運転席に座って地図を広げる正木コーチに声を掛けると、「12時間後くらいには青森ですかね。安全運転で行きますよ」と笑顔で返してきた。青森に着くのは午前3時か4時ごろだろう。もちろん翌日には通常通り学校がある。敗戦の悔しさをかみ締める時間は十分すぎるほどあるし、すぐに高校生としての日常が始まる。
 こうした日々を繰り返し、次々と成長していく選手たち。ハンディを強さに変えるたくましさがある限り、東北の雄の存在感は、いつまでも衰えることはないだろう。

<了>
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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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