黒崎久志は名将か?=新潟の好調を支えるもの

浅妻信

炎天下のアルビレッジに立つ若き指揮官

経験不足が懸念された黒崎監督だが、短期間のうちに選手やクラブ関係者と良好な関係を作り上げた 【写真:AZUL/アフロ】

 暦の上では「処暑(しょしょ)」というらしい。この日を境に暑さがやみ、涼風が感じられるそうだ。その処暑が数日前に過ぎたはずの8月の終わり、一向に衰えない猛暑の中を訪れたのが、新潟聖籠(せいろう)スポーツセンター、通称「アルビレッジ」。現在、J1で好調を維持しているアルビレックス新潟の練習場である。

 ここはいつ来ても素晴らしい施設だ。ポプラの木に囲まれた天然芝ピッチ4面に人工芝ピッチが2面。さらに、クラブハウスはもちろん、選手寮、レストランも備える。その広大な施設に、ジュニアを除くトップからジュニアユース、レディースまで、アルビレックスの全カテゴリーが一堂に会してトレーニングを行っている。この暑さにもかかわらず、この日も多くのサポーターが、トップチームの練習見学に駆け付けていた。

 下部組織が使うピッチから、一段高い位置にあるトップチーム専用ピッチ。その中央に、現役選手と見まごうばかりの見事な体躯(たいく)で立ち、練習の指示を送っているのが、今季からトップチームの監督に就任した黒崎久志である。国際Aマッチ25試合4得点。いわゆる「ドーハ組」として6人目のJ監督となる、今年42歳の若き指揮官。その参謀となるヘッドコーチの森保一もまた、同い年のドーハ組である。好調ということもあるだろう、炎天下のトレーニングでも選手たちの表情は明るく、時折白い歯がこぼれている。

 クールダウンを終えた選手が、クラブハウスに戻る前にファンサービスにいそしむ一方で、指揮官の黒崎は取材陣に囲まれ、この日ドイツのフライブルクへの移籍が決まったFW矢野貴章についてのインタビューを受けていた。
「めでたいことだから赤飯炊かなきゃ」
「代わりのFW? 紅白戦で一番点を取ったやつにしようかな。あ、そんなこというと(川又)堅碁がムキになって打ちまくるか」

 取材陣の輪から、どっと笑いが起きる。ちなみに今季は監督からの要望で、昨年まで存在した練習の非公開日も原則なし。可能な限り公開で対応していこうと話をしているようである。今回、僕がアルビレッジを訪れた理由は、新潟の好調を支える黒崎さい配について、そのヒントを選手や関係者の証言から探るためであった。

9試合勝ちなしから11試合負けなし! 新潟に何が起こったのか

 4年にわたってチームを率い、現在の新潟のスタイルを築いた上で結果も出した鈴木淳監督(現大宮アルディージャ監督)が、契約満了のため昨シーズンで退任。その後任として白羽の矢が立ったのが、同監督の下で3年間コーチを務めていた黒崎であった。ある意味堅実な、しかし一方で安直にも思えたこの人事は、最初から好意的にサポーターに受け入れられたわけではなかった。

 最大の懸念材料は、言うまでもなく経験不足である。新潟をJ1昇格に導いた反町康治監督(現湘南ベルマーレ監督)は別格としても、過去の監督と比べると、カメラを前にしてのしゃべりは決して饒舌(じょうぜつ)ではなかった。こう言っては申し訳ないが、はたで聞いているこちらがドキドキしてしまうほどである。さらに前年8位だったチームからは北野貴之(→大宮)、松下年宏(→FC東京)、千代反田充(→名古屋)、そしてジウトン(→鹿島)と、実に4名ものレギュラー選手が抜けている。これで楽観的にシーズンを迎えろという方が無理な話だろう。

 予想通り、チームは今季序盤から低迷した。一時は最下位まで沈み、初勝利は5月に入ったリーグ第9節までおあずけであった。この時期のチームの雰囲気は、さぞかし暗かっただろう。その話を本間勲に振ると、意外な答えが返ってきた。
「何もできずに負け続けていたわけではないですし、少し変われば勝てると思っていましたから、全然焦りはなかったです。トレーニングの雰囲気も全然悪くなかったし、2年前の連敗とは全然違いますよ」

 同様の証言は、報道陣からも聞くことができた。
「トレーニング中からすごく声も出ているし、選手が楽しくサッカーをやっている雰囲気がある。森保コーチあたりも、その辺の雰囲気作りをかなり意識しているみたいです。若手も抑えられてきたキャラクターがはじけた感じで、みんながいきいきしている。これなら、仮に負けが込んでも引きずらない。黒さんの性格、雰囲気が良い意味で伝播(でんぱ)しているんじゃないかな」

 再び本間。
「積極的にコミュニケーションを取ってくれる監督なので、選手としてやりやすい。でも、締めるところは締めるのでメリハリがある。あの雰囲気ですから締まりますよ(笑)」

 第9節でようやく長いトンネルから抜けると、一転、8月にモンテディオ山形に敗れるまで無敗記録を11に伸ばして、一気に5位まで浮上する。それまで前線で滞っていたボールは、人と人との間を長短さまざまなルートから流動的に動き出し、何度も相手ゴールネットを揺らし続けた。この見事な変ぼうぶり。いったい新潟に何が起こったのか。

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著者プロフィール

1968年生まれ。新潟市出身。関西学院大学大学院法学研究科前期課程修了。不動産鑑定士として活躍するかたわら、地元タウン誌ほかにコラムを執筆。また、北信越リーグ所属ASジャミネイロの監督としても活躍中

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