由規の161キロに見る速球伝説の味わい方=プロ野球ニュース通信簿

山田隆道

先週の五つ星ニュース 由規が日本人最速の161キロ

日本選手最速の161キロを記録したヤクルトの由規 【写真は共同】

 8月26日、東京ヤクルト対横浜の5回表、東京ヤクルト先発の由規が横浜・スレッジに投じた内角低めの直球が、球速161キロを計測。自身も並んでいた日本投手最速記録158キロを一気に3キロも塗り替えた。由規は7月29日の広島戦で当時の日本投手最速タイの158キロを初めて記録すると、8月5日の中日戦でもワンバウンドで2度目の158キロを記録。それからわずか3週間での記録更新は、日本人初となる160キロの大台超えとなった。

何かと“雑音”が多い神宮球場の161キロ

 神宮球場のネット裏2カ所に設置してあるスピードガンは、球速が出やすいことで有名だ。「他球場より5キロ増しで考えている」という現役選手および首脳陣も多く、神宮球場を主戦場とする東京六大学野球でも大学生投手が150キロ台を連発している。
 だからして今回の由規の161キロに関しても、やれ「神宮球場の表示だからあてにならない」とか「スピードガンの誤作動だ」とか、とにかく外野からの“雑音”は多い。
 テレビ中継の球速表示が152キロだったことや他球場での由規の最高球速は150キロ台前半の場合が多いということも何かとケチがつく理由だろう。中には「右投手の左打者に対する内角低めのストレートは特に球速が出やすい」という、まさに由規がスレッジに対して投じた1球のみに的を絞った雑音まで耳にしたほどだ。
 おまけに近年はYouTubeをはじめとする、いわゆるインターネット動画サイトが普及し、誰でも簡単に由規の161キロを映像で追確認できる時代になった。よって球場の球速表示をそのままうのみにせず、自分の目で確認しては懐疑的に語る人も増えた。そう考えると、今回の“161キロ”という偉大な記録は残るものの、人間の“浪漫”をくすぐるような伝説じみた余韻(よいん)は、今後ますます生まれにくくなるのかもしれない。

球速表示は素直に味わうのが粋!?

 しかし僕としては、野暮(やぼ)はよそうじゃないか、と言いたい。平たく言うと、161キロでいいじゃん、夢があって楽しいじゃん、という感じだ。由規のストレートは確かに速い。そこに“161キロ”という背筋がゾクッとするような付加価値がついたことで、より由規に対する幻想が大きくなり、それが後世に伝わっていけばすてきなことだと思う。由規の161キロは、疑うことなく素直に味わうことが“粋”というものだろう。
 僕が子供のころ、「かつての国鉄の金田(正一)は160キロ以上のストレートを投げていたんだ」という伝説じみた話を年配のプロ野球ファンからしばしば聞かされた。それ以外にも「いや、一番速かったのは東映の怪童・尾崎(行雄)だ」「いや、阪神の江夏(豊)の2年目が一番速かった」などと興奮して語る人も多く、「江川(卓)の高校時代のストレートがなんだかんだで一番速かった」という伝説もいまだによく耳にする話だ。
 現代のように簡単に映像を確認できるような時代でもないだけに真相は分からないが、どの話にも伝説の色気が漂っているというか、とにかく語りがいのある浪漫に溢れている。
 大人になった今、僕はそういった先人の伝説に心のどこかで懐疑(かいぎ)的な一方で、だけどそれをいちいち否定するような無粋(ぶすい)なまねをしたいかと問われれば、答えは「ノー」だ。
「いや、たぶん金田はせいぜい140キロそこそこだったと思うよ」
 そんなこと絶対に言ってはいけない。ましてや立証されたくもない。
 世の中には確かめないほうが幸せな真相もある。浪漫とは幻想の中にあるのだ。

“最速”は大エースになってこそ輝くアクセサリー

 球速の話題が先行したとき、その後の本人が逆に球速に縛られてしまい、自分の投球を見失っていくという功罪は過去にもたくさんあった。しかし、由規は試合後に「球速は伸ばしていきたいけど、そこが目的じゃない。一番は勝つこと」というコメントを残し、7回3失点で敗戦投手になったことのほうを悔いていた。プロ3年目の20歳にしては、なかなか立派だと思う。先発投手としての足元を見失っていない気がした。
 由規という投手の最大の魅力はやっぱりストレートの速さだ。そう考えると確かに“161キロ”は最高の付加価値なのだが、それは彼が毎年2ケタ勝利を挙げられるような投手になってこそ輝くものであり、いわばファッションにおける“アクセサリー”みたいなものだ。
 高級アクセサリーは装飾する本人が立派な人間じゃないと、どこか下品に見えてしまうことがある。だからして、まずはそれに見合う人間になるために自身を磨く必要があるわけだ。由規もそれと同じで、まず達成すべきは今季の2ケタ勝利(8月30日現在9勝)であり、今後大エースへの階段を昇っていくことだろう。近い将来、由規や前田健太(広島)らが中心となって、現在のパ・リーグのようなし烈なエース戦争をセ・リーグでも巻き起こしてくれれば、由規の“161キロのアクセサリー”もますます輝くというものだ。
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著者プロフィール

作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

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