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代表選手たちは今後に向けて何を思う?
選手の証言でひも解く日本代表総括 第3回

強豪相手に手応えをつかんだ守備陣

世界との実力差を痛感した岡崎は「「自分には悔しさしかない」と話した
世界との実力差を痛感した岡崎は「「自分には悔しさしかない」と話した【写真:AP/アフロ】

 デンマーク戦で攻撃的な戦い方に再挑戦しながら失敗に終わった岡田武史監督は、再び全体のラインを下げ、手堅く守るスタイルに戻した。6月29日の決勝トーナメント1回戦・パラグアイ戦でも、ボール支配率42%の忍耐のサッカーで、ワンチャンスをモノにしようと試みた。

「パラグアイとの力関係を考えたら、対等に打ち合っても、日本はそこそこやるだろう。でも終わってみたら負けていたという可能性の方が高い」と指揮官は前日会見でも語った通り、もはやリスクを冒そうとはしなかった。

 けれども、4戦続けてメンバーを固定した上、90分で決着をつけられずに延長戦に突入したことで、選手たちの運動量は目に見えて低下した。岡崎慎司や中村憲剛、玉田圭司という切り札を投入しても、チームをフレッシュな状態には戻せなかった。


 最後にPKを失敗し、衝撃的な幕切れを演出した右サイドバックの駒野友一も「体力的に厳しかった」と打ち明ける。

「アジアでは自分たちが支配してゲームを作っていたけど、世界に出たら逆の立場になった。南アではうまくゲームをコントロールできずに守る時間が非常に長くなり、疲労がどんどんたまっていきました。

 日本の特徴である組織的な守備を徹底させれば、4試合2失点という形で相手を抑えられた。守りの部分は世界でも通用したと思ってます。だけど攻撃面は難しかった。相手ゴールに近い3分の1のエリアに入って個で打開する力が世界と比べたらやっぱり足りない。パラグアイにしても、バリオスやバルデスのように一発がある選手がいる。守備では常に気をつけて守らなければいけなかった。オランダのスナイデルもそうだけど、世界に行けば必ず決め手を持った選手がいますからね」


 岡田監督の戦術変更が功を奏し、確かに南アでの日本の守りは非常に安定した。大会前のコートジボワール戦で右ヒザを負傷し、デンマーク戦1試合のみの出場にとどまった今野泰幸も「1人1人がサボらないで守れば失点も少なくできるし、やれるなという自信をつかめた」とポジティブにとらえていた。今大会MVP級のフル回転を見せた田中マルクス闘莉王が「南アではスペインだってブラジルだって守っていた。やっぱり今のサッカーは守備を中心にやっていかないと機能していかない。日本の戦い方は間違っていなかった」と語気を強めたように、DF陣は大きな自信と手応えをつかんだようだ。

攻撃陣は不完全燃焼感を口にする

 一方で攻撃陣には「不完全燃焼感」が色濃く残った。

 4試合すべてに途中出場した岡崎は「自分には悔しさしかない」と口火を切った。

「代表での自分は、ワンタッチでゴールを決めるってことを求められるのが多かった。でも選択肢が1つだけだと世界では困ったし、自信を持ってやれることが少なかった。ミスしても前向いてチャレンジするとか、自分で仕掛けるとか、相手を背負ってキープするとかプレーのバリエーションを増やさないとホントに厳しいですね」とあらためて振り返った。


 オランダ戦、パラグアイ戦に途中出場した玉田も「何もできなかった」と言う。

「短い時間しか出なかったけど、2006年の時に比べるとすごく世界を近く感じたし、見ていてもそうだった。日本のレベルが上がったのか、相手に『こいつはすげえや』と思う選手があんまりいなかったせいなのか分からないけど……。自分は途中出場だったんで、流れを変えてゴールを取りにいこうとしたけど、できたことはホント、ゼロに近かった」と肩を落とした。強固な守備と対峙(たいじ)した時、日本のFW陣は個の打開力・決定力の足りなさを如実に感じたのである。


 彼ら攻撃陣には、岡田ジャパンが2年7カ月かがりで積み上げたことの大半が失われたという悔しさもあるようだ。

「去年のオランダ遠征の後、監督が強調していた『クロスから二アゾーンに飛び出す』というのは、最後にはもうなくなっていた。プレッシャーを掛ける位置も低くなったし、勝つためにしょうがなかったのかもしれないけど、今のままだとやっぱり点が取れる感じはしない」と岡崎は悔しさをかみ殺すように言った。

 中村憲も「チームとして走れるようにはなったし、サポートとか数的優位を作るというのは意識していたから、それが守備ではよく生かされたと思う。だけど攻めにおいては前に出ていくこともなかなかできなかった。岡田さんが言っていた攻撃の迫力は出せなかった」と残念そうに話した。

 当初のコンセプト通りに挑んでいたら、仮に負けたとしても、通じた面、通じなかった面がより明確になっていたかもしれない。しかしそこは勝負の世界、戦術を変えない方が良かったとは言い切れないが、彼らにはそういうモヤモヤ感があるのだろう。

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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