イングランドで沸き起こるカペッロ懐疑論=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

カペッロを傷つけた“ベッカム問題”

全権を失いつつあるカペッロ。現状と折り合いをつけることはできるのか 【Getty Images】

 それでも、おそらくファンの大部分には、新生旗揚げのフレンドリーならばこその徹底した思い切りに欠けた“物足りなさ”を感じた向きもあったようだ。つまり、せっかくなら若手で固めてみても良かったのではないか、かたくなに“南アフリカの敗残兵”をごっそりスタメンで使う意義がどこにあったのか、と。

 大方の希望的意見では、旧勢力からジェラード、ルーニー、アシュリー・コール以外はあえて切る方針を採ってこそ「真の再生が動き出す」でほぼ一致している。その究極のチーム(一例)とは、ハート/ギブズ、マイクル・ドーソン、ギャリー・ケイヒル、アシュリー・コール/アダム・ジョンソン、ウィルシャー、リー・カタモール、アシュリー・ヤング(ウォルコット)/ジェラード(トップ下)、ルーニー。ちなみに、英国在住プレー期間が長く、“帰化”の条件を満たしているスペイン人のミケル・アルテータを起用せよ、という声があることも付け加えておこう。その場合は、カタモールを控えに回す構想が成り立つ。

 いずれにせよ、南アフリカでの失敗で譲歩を迫られたのだとしても、カペッロをかなり大胆な若返り志向に向かわせていることだけは確かだ。だが、そう腹をくくった勢いからなのか、この老練なイタリア人は思わぬ“オウンゴール”につまずいて、さらに人気を落としてしまう。言うまでもない、デイヴィッド・ベッカムへの“欠席”引退勧告である。

 もっとも、チーム一新のポリシーからすれば、「脱ベッカム」はひとつの必然的帰結とうなずけないわけではない。問題は、本人と話し合う前にメディアを通して発表した“変節”にある。というのも、南アフリカに帯同する23名を決定する際、カペッロは公の報道に載せる前に各人に通達するという心遣いを、自らの矜持(きょうじ)として明確に表明していたからだ。たとえ、「もはやベッカムの年齢は退場していただくに十分な理由であり、万人が納得するはず」と考えたにせよ、突然の一方的な発言はカペッロ自身の人間性を傷つけてしまった。

生まれ変わったスリーライオンズの躍動を

 これまでたびたび触れてきたように、ユーロ2000終了以降のベッカムは「(1998年の)パブリック・エネミー」から一転して「たぐいまれなる献身的ヒーロー」になった。以来、ユナイテッドを心ならずも退団してレアル・マドリード、さらにはMLS(米メジャーリーグサッカー)への転身を経てなお、今や「史上有数のプロにして国民的フットボーラー」に上り詰めている。少なくとも、このことは、ヨーロッパでプレーする同輩たち、イングランドの大半のファンの間で認められているれっきとした事実である。

 そんな「比類なき英雄」に対して、カペッロはあたかも背後からナイフを突きつけるまねをしてしまったのだ。すわ、怒れるファンの代表的な声を拾ってみよう。

「そういうことだ、このしかめっ面のイタリアンは、イングランド人のハートが何ひとつ分かっていない」
「ジダンは34歳にして(2006年W杯の)MVPになった。ベックスにはそれ以上老いても必殺の伝家の宝刀(クロス、フリーキック)があり、それは今でも十分に通用する。カペッロは無能だった」
「心配するなかれ。カペッロには前歴がある。レアルのときもそうだった。しばらくしたら、ベッカムに頭を下げて再招集のお伺いを立てることになる」
「この際、カペッロにこそ退場願って、ベッカムをスリーライオンズのプレーヤー=マネージャーに推挙すべし」

 さて、ここまで見くびられたカペッロに、今後いかなる“展開”が待ち受けているのだろうか。「ベッカム引退勧告」の数日後、FAの上層部は「次の代表監督は間違いなくイングランド人に」との声明を公にした。取りようによっては、まさにカペッロに対する遠回しの(しかも、本人との話し合い抜きでの)「退場勧告」!?
 願わくば、できるだけ早急に“事態”の収拾を図っていただくことだ。カペッロが(発言について)ベッカムに謝罪した上で、ロサンゼルス・ギャラクシーにおけるプレー状況に応じて、招集の余地を残す意思を示すか(ACミランはとりあえずベッカムの再雇用がないことを表明した)。あるいは、ベッカムととことん話し合って“理解”を求めるか。

 さもなくば、FAが断固たる処置を取る以外にない。なぜか好都合(?)なことに、カペッロ招へい時にもう1人の有力候補だったマーティン・オニールに“空き”がある(もっとも、オニールはアルスター出身の北アイルランド人だが)!
 思うに、カペッロは(南アフリカの失態で)全権を失いつつある現在の立場と、まだ折り合いがつけられないでいるのかもしれない。どこか、事実上の押し付けにも等しい若返りの方針に、半ば流されて身を委ねているような節がある。手をこまねいていては、新たな失意を導くのみ。本人も含めた各方面の“英断”を切に希望したいものだ。そして、速やかに、生まれ変わったスリーライオンズの躍動を演出すべし。最終的にその指揮を執るのが誰であろうとも。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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