東北勢初優勝へ向けて流れに乗った聖光学院=タジケンの甲子園リポート2010

田尻賢誉

県内無敵で気持ちに甘さ

「どれだけやりきることができるか。1球、1球に命をかけて最後まで集中する。終わったらぶっ倒れてもいい。それぐらいの気持ちでやらなければダメなんです」
 今春の東北大会で、聖光学院高・斎藤智也監督は毎試合後、こうくりかえしていた。福島県内の公式戦では45連勝と敵なし(現在は51連勝)。ライバルもなく、普通にやれば普通に勝ててしまう。気合が入りきらなくても何とかなってしまうことに斎藤監督は不満を感じていた。
 そこで、指揮官は思い切った手に打って出る。東北大会直前に行われた準公式戦・県北選手権の福島商高戦で、あえてあまり登板機会のない下級生投手を起用。試合中もいつも通りのさい配をしなかった。結果も、県内では久々に味わう敗戦。
「実は、負けてもいいという期待がありました。命がけで東北大会に臨むためには、ああいうことが必要。負けたのはさい配が悪いせいなんですが、選手たちは人のせいにしなかった。それが良かった」
 負けたのは自分たちに力がないから。どこか練習でも甘さがあったんじゃないか。選手たちは自分を見つめなおした。
「そのときは100パーセントでやっているつもりなんですけど、あとから考えるとそうじゃないというのがありました。エラーしたときの1球の重みとか、バッティング練習の1球の打ち損じとか、福島商に負けてから、もう一度厳しくやるようになりました。展開や相手に左右されない。自分たちのやるべきことをやって、試合が終わったときに余力がなく、ぶっ倒れるぐらいやりきる。それをテーマにやってきました」(サード・斎藤英哉)
 たとえ大差をつけていてもスキを見せない。気が抜けた何でもないエラーなどは言語道断。それぐらいの気持ちでやってきた。それをやり通した結果が、春の東北大会初優勝。心の充実が技の充実も生んだ。

目標にする広陵高と対戦

 ことしのチームは勝負できる。
 そう思って臨んだ甲子園。初戦の相手が広陵高だった。中井哲之監督が率いる広陵高は、今や全国でもナンバーワンの統制の取れたチーム。私生活を含めてスキがない。斎藤監督がお手本としていたチームだった。2008年のセンバツ前には、大阪入り後、わざわざ広島まで出向いて練習試合をお願いしたほどだ。
 その練習試合ではこんなことがあった。グラウンドに到着し、あいさつするやいなや、中井監督の第一声がこうだった。
「ベンチは何塁側ですか? 相手のピッチャーはどんなタイプですか?」
 一塁側で、相手は沖縄尚学高の東浜巨(現亜大)だと告げると、中井監督は選手に一塁ベンチを空けるように指示。先発には東浜と同じ本格派右腕の中田廉(現広島)を起用してくれた。この配慮に斎藤監督、横山博英部長とも感激。なおさら、広陵高を目標にする思いは強くなった。
 あれから2年。どこまで通用するチームになったのか。
「思い切りぶつかって、自分たちの力を試したい。ガチンコでぶつかります」
 広陵高との対戦が決まると、斎藤監督はそう繰り返していた。

最高のプレーを生んだ1球に集中する思い

 両チームともスキのない、がっぷりよつに組んだ試合。息が詰まるような展開で、勝負に出たのは斎藤監督だった。0対0で迎えた7回1死一塁。5番・三瓶央貴に対して「失敗しても、思い切り勝負をかけないとつまらない場面だったので」とエンドランを敢行。これが見事に決まって流れを呼び込むと、2死二、三塁から暴投で決勝点が転がり込んだ。「ラッキー。ツイてました」と斎藤監督は振り返ったが、決して運だけではない。気持ちで運をも呼び寄せた。エース・歳内宏明も9イニング中、先頭打者を出したのは一度だけ。スプリットを駆使し、「絶対に先頭打者を出さない」という気持ちが表れていた。6回、2死一、二塁から丸子達也のセンター前ヒットでホームを狙った新谷淳を刺した根本康一も守備位置、捕球、送球とも完ぺき。1球に集中する思いが、ここ一番で最高のプレーを演出した。
 目標のチームに勝ち、斎藤監督は「今まで越えられなかった壁を突き破ったのがうれしい。歴史を変える意味でも大きな1勝です。何のせいにもできない組み合わせ。ウチにとって試練だった」と言った。さらには、「今日勝って見えてきたものがある」とも。
だが、選手たちは冷静だった。試合後、宿舎に帰っても、普段とあまり変わらなかった。
「生意気に喜んでないんですよ。『もっと喜んでいいぞ』と言ったんですけど(笑)彼らにとっては、壁を乗り越えただけという感じ。価値観はもっと高く、高くできあがってるんでしょうね」(斎藤監督)
 ベスト8に進出した08年には横浜高、昨年はPL学園高と優勝経験校に阻まれてきた聖光学院高。駒大苫小牧高が初優勝したときも日大三高、横浜高を破って勢いに乗った。東北勢の長年の夢実現へ――。聖光学院高が流れに乗った。
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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