三塁コーチが勝利導いた中京大中京=タジケンの甲子園リポート2010

田尻賢誉

ノックから確認していたカットプレーのフォーメーション

 狙っていた。というより、見えていた。
 7回裏、1点をリードされた中京大中京高の攻撃。2死一塁から1番・小木曽亮の打球は左中間深くを破り、フェンスまで転がる会心の当たりだった。一塁走者は本塁生還。打者走者も三塁へ。
 三塁打、と思った瞬間、三塁コーチャーの今井健太朗の手がぐるぐると回る。一度は止まりかけた小木曽だったが、それを見て一気に本塁へ。ホームベース手前で両足でジャンプし、躍り上がるようにホームインした。
 躊躇なく回した今井の好判断。これには事前の確認があった。
「ノックのときからずっと見てます。このチームはこういうふうにやるんだというのが頭に入っていました」(今井)
 南陽工高は外野から内野への中継リレーの際、カットマンは1人しか入らない。小木曽の打球のように左中間真っ二つの場合、通常はショートがカットに走り、そのショートの後ろに保険としてセカンドが入る。レフトからの返球が逸れた場合、ショートが捕れなくてもセカンドがカバーするためだ。セカンドベースにはファーストが入り、その延長線上にはライトがバックアップに走る。
 だが、南陽工高はそうではなかった。
「いつもリレーマンは1人ですね。1人で投げろというのが基本です」(セカンド・新出竜也)
 だから、小木曽の打球が左中間を破ったときも、ショートの目代新はカットに入ったが、新出は二塁ベース付近にいた。
 今井は、これを見逃さなかった。
「中京ではトレーラーマンと呼んでいるんですけど、保険の役割で必ず2枚目のカットマンが入ります。1枚目のカットマンの後ろ、5メートルの位置ですね。南陽工高はノックのときから、そのトレーラーマンがいなかった。狙ってました」
 レフトの家重太誓からの送球は高く抜け、ボールはショートの目代のグラブに当たって外野の芝生の上を転々。慌てて新出が拾いに走るが、その時点でアウトにできる可能性はゼロだった。

普段の練習でのプレーがここ一番に出る

「(カットは)いつも通りの位置に入っていました。(家重は)慌ててたので、もっと気を遣って、近寄れば良かった。肩には自信があるので、刺す自信はあったんですけど……」
 目代はそう言ったが、やはりカットには2枚入るべきだろう。高校生では、毎回、毎回長い距離を正確に投げられる選手は少ないからだ。中京大中京高のように5メートル後ろに2人目のカットマンが入れば、高い送球はダイレクトで、中途半端なバウンドは捕りやすいバウンドで2枚目が捕ることができる。
 ちなみに、南陽工高にはもうひとつミスがあった。それは、レフトの家重が高い送球を投げたこと。このときは目代のグラブに当たったが、送球が高ければ誰も触ることができない可能性がある。明らかに高い場合は、打者走者などに次の塁を狙われてしまう。反対に低い送球なら、カットマンの周辺にさえ来れば、ボールに触ることができる。ボールを捕球さえすれば、走者に余計な塁を与える心配は少ない。南陽工高でも「外野手はローボール」と徹底されていたが、このときは家重がクッションボールを誤り、焦ったためにボールが手につかず、高い送球になってしまった。
「普段の練習のノックから送球がフケてる(高く抜ける)と言われてました。そこをもっと意識できていれば、ああいうことはなかったと思います。言われていたのに修正できなかったのが悔いが残ります」(家重)
「ノックからよくフケてたんです。もっと練習中に言っておけば……」(目代)
 普段の練習でのプレーがここ一番で出る。それが大舞台なのだ。

 とはいえ、今回は中京大中京高・今井のファインプレー。ノックからしっかり確認し、準備ができていたからこそ、ここ一番で躊躇せず回すことができた。自分たちができていれば、相手ができていないことはすぐに気づける。それを見落とさず、勝負できる。視野の広さ、準備力、気付き力。中京大中京高の強さはこういうところにある。
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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