スペインが勝ち取ったタイトル以上のもの=W杯優勝翌日の長い1日

小澤一郎

凱旋パレードに250万人

凱旋パレードには、歴史を作ったスペイン代表を一目見ようと250万もの人が詰め掛けた 【ロイター】

 スペインのワールドカップ(W杯)初優勝から一夜明けた12日、マドリー市内で行われた凱旋(がいせん)パレードには、歴史を作ったスペイン代表を一目見ようと250万人とも言われる国民が街に繰り出した。
 決勝を終えたその足で帰国便に乗り込んだ代表の一行は、現地時間の12日15時前にマドリーのバラハス空港に到着。ホテルに移動し、食事を兼ねた小休憩を取った後、まずは国王フアン・カルロス1世をはじめとするロイヤル・ファミリーを表敬訪問。公務のために1人決勝観戦に出向くことができなかった国王が、うれしそうに選手とデル・ボスケ監督を迎え入れるシーンがとても印象的だった(ソフィア王妃とアストゥリアス皇太子ご夫妻は決勝を現地で観戦された)。

 続いてスペイン代表が向かった先は、首相官邸だった。大のサッカー好き、バルセロナびいきで知られるサパテロ首相はスピーチ内で、決勝戦でゴールを決めたイニエスタを褒めたたえた。バルセロナファンのサパテロ首相は、かなり前からイニエスタの謙虚で飾らない人柄にほれ込んでいる。スペインがW杯優勝を決めた後にはラジオ番組に電話で生出演し、同じく出演していたイニエスタの父親に、どれほどイニエスタが素晴らしい選手であり、素晴らしい人間なのか、熱弁を振るっていたほどだ。そうなると、必然的にその場でイニエスタにマイクが向けられることになるわけで、内気な性格の彼は「もしこんなことになると分かっているなら、ゴールを決めることはないよ」と冗談を飛ばしていた。

 19時からは、お待ちかねの凱旋パレード。首相官邸のあるモンクロワを出発し、市内を一周した後、21時からステージ上での優勝報告会が予定されていた。だが、ここは“フィエスタ”(お祭り)の国、スペイン。予想をはるかに超える人と熱狂ぶりで代表を乗せたバスがなかなか進まず、パレードは2時間オーバーの計4時間を要することとなった。
 しかし、この日はすべてが許される。23時すぎからスタートしたステージ上での優勝報告会では、“宴会部長”のレイナが司会者以上の存在感を発揮し、ユーロ(欧州選手権)2008優勝後と同じような見事なワンマンショーを披露。パレードの遅れで退屈気味だった国民を大いに盛り上げた。1時間ほどでこの報告会は終わり、あとは選手が家族、知人を引き連れてのプライベート・フィエスタに移っていった。こうして、優勝翌日のスペインの長い1日は幕を閉じた。

カシージャスとプジョルの抱擁

優勝が決まり、抱き合って喜ぶカシージャス(左奥)とプジョル 【Getty Images】

 スペインでは決勝の平均視聴率が80%を超え、イニエスタの決勝ゴールの瞬間には90.3%という瞬間最高視聴率をたたき出した。初のW杯を持ち帰ったのみならず、国民に喜びや感動、自信と、多くのものをもたらした。ユーロ2008優勝時も国をひとつにした感があったが、今大会は開幕当初からスペイン代表が一枚岩になっており、団結の強度は比べものにならないほど強かった。その気運、土台を作っていたのは、ほかでもない選手たちだ。

 大会中、選手の会見やインタビューでの発言を注意深く追っていても、チームの団結が強く感じられた。例えば準決勝のドイツ戦でバルセロナの選手が先発に7名入り、バルセロナ寄りのメディアから「(バルセロナにとって)素晴らしいことですね?」と質問が出ても、ビクトル・バルデス、プジョルといったバルセロナの選手たちは素っ気なく、「僕らはスペイン代表として戦っているから、所属、出身チームは関係ない」と返していた。

 優勝直後にテレビ出演していたアスカルゴルタ氏は、「優勝が決まった瞬間、カシージャスとプジョルが真っ先に抱き合う姿を見て感動した」と語っていたが、ピッチでプレーする選手たちは所属クラブの意識やクラブ間の対立とは全く無縁で、それ故に、国民もその姿を違和感なく自然体で流せるようになっていた。わたしのみならず、多くのスペイン国民が、アスカルゴルタ氏の発言を聞かなければレアル・マドリーの象徴であるカシージャスとバルセロナの象徴プジョルが試合終了後、即座に抱擁するシーンが象徴的であることなど気づかなかったのではないかと推測する。

サッカーが持つ真の魅力と影響力

決勝点を決めたイニエスタ。インナーシャツには「ダニ・ハルケはいつもわれわれとともに」の文字 【ロイター】

 決勝で得点を決めた後にユニホームを脱いだイニエスタのインナーシャツに、「ダニ・ハルケはいつもわれわれとともに」と書かれていた点も同じだ。バルセロナをホームタウンとするバルセロナとエスパニョルのライバル関係を越えて、イニエスタは選手として、人間として、そして親友として、今は亡きダニエル・ハルケにゴールをささげた。元エスパニョルの主将は昨年8月、遠征先のイタリアで急性心不全のために26歳の若さで急死した。

 試合翌日、エスパニョルは「忘れられないディテール」と題したイニエスタの写真入りの記事をホームページに掲載した。選手から、「泣いた。イニエスタに感謝したい」(コロミナス)、「あの舞台でダニのことを覚えていてくれるなんて、彼は素晴らしい人間だ」といった感激の声が出ると、エスパニョルのファンからも「人生で初めてバルセロナの選手に泣かされた」「今後、スタジアムで君を見るたびに拍手することに決めた」といった声が上がっている。
 わたしは決勝当日、マドリーに滞在していた。初優勝の歓喜に沸く首都で、「アンドレス・イニエスタ♪」という、本来はバルセロナの本拠地カンプ・ノウでしか歌われないはずのコールが聞こえてきたのも新鮮だった。

 そのイニエスタは優勝直後、「僕らがどんなことをやってのけたのか、まだ実感がない」と語っていたが、彼らがスペインサッカーのみならず、スペインという国にとって大きなことを成し遂げたのは間違いない。まとまりある今大会のスペイン代表が勝ち取ったのは、単なる世界一のタイトルではなく、国民の団結とスペイン人であることの誇り。彼らに影響されひとつになっていくスペインを見ながら、サッカーが持つ真の魅力と影響力を感じた1カ月だった。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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