「ベスト4」の重みと厳しさ=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月8日@ダーバン)

宇都宮徹壱

祭典を惜しむダーバンでのパレード

準決勝の翌日、ダーバンで行われたパレード。女性ダンサーが片足を振り上げる激しい踊りを披露する 【宇都宮徹壱】

 大会28日目。8日と9日はノーゲームデーである。せっかくダーバンに残ったのだから、ちょっと観光しようかとも思ったが、今年の1月にガイドブックの取材で目ぼしいスポットはあらかた回っていることもあり、どうにも食指が動かない。とりあえず、ホテルの近くのインド料理レストランで昼食を摂ることにする(ダーバンはインド系移民が多いため、カレーを中心とするインド料理がとにかくうまい)。

 食事が運ばれてくるまでの間、何とはなしにガイドブックの地図を眺めてみる。私が投宿しているホテルは、市街の中心にあるシティ・ホールのすぐ近くにあるのだが、よく見ると付近一帯は、外務省より「十分に注意してください」という注意が出ているらしい。さらに、ホテルが面しているスミス通りは、ガイドブックによれば「昼間でも徒歩で移動するのは危険な地域」とあるではないか。思わず、口に含んだビールを吹きそうになった。なるほど、道理であちこちの宿泊施設がふさがっている中、あのホテルだけが空いていたわけだ。まあ今となっては、どうにもならないことではあるが。

 食事を済ませると、とりあえずスミス通りから並行するウエスト通りにかけて、しばし探検することにした。「危険な地域」とはいうものの、ヨハネスブルクのダウンタウンに比べると殺気立った雰囲気はない。いちおう危険地帯と呼ばれる場所は何度も歩いているので、自分なりに頭の中で「危険度」を数値化できる。この辺りは10段階で「4」くらいだから、昼間ならまったく問題ないだろう。それにしてもダーバンは不思議な都市だ。ヨハネスブルクやケープタウンは極めてヨーロッパ的であるのに対し、ここはむしろインドとか東南アジアの雰囲気に近い。特に中心街は白人の姿をほとんど見かけず、その代わりに物ごいと杖をついた人に何度もすれ違う。黒人居住区であるタウンシップとはまた違った、この国の経済格差をリアルに感じることができた。

 やがてウエスト通りに出ると、何とも幸運なことにパレードに遭遇した。さながらブラジルのカーニバルのように、巨大な山車(だし)と民族衣装を身に付けた踊り子たちの行列が大通りをゆっくりと行進して、沿道には黒山の人だかりができている。気が付けば私は沿道から道路の真ん中に飛び出して、夢中でカメラのシャッターを切っていた。このパレードが、去りゆくワールドカップ(W杯)を惜しんで行われたのは間違いない。パレードの喧騒と熱狂は、そのまま祭りが終わる寂寥(せきりょう)感と表裏一体である。やがて賑やかな行列が過ぎ去った通りには、いつもの慌ただしい日常だけが取り残されていた。

あらためて「ベスト4を目指す」ことについて

オランダなどの強豪国にとっても、W杯でのベスト4入りは困難なミッションである 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 早いもので、今大会も3位決定戦と決勝の2試合を残すのみとなった。試合がない2日間の日記は、今大会を振り返る内容としたい。もっとも、きちんとした総括は、すべてのプログラムが終わってからなされるべきであろう。ゆえに今回は、6日と7日に行われた準決勝2試合を観戦して、先の日記で言及しきれなかったことについて触れておく。

 今大会、ベスト4に進出した4チーム、すなわちオランダ、ウルグアイ、ドイツ、スペインを見ていて思うのは、そこに到達するにはさまざまなアプローチがあり、その前提となるスタイルやフィロソフィー(哲学)の確立が欠かせない、ということである。ポゼッションサッカーを追求するスペインにしても、堅い守備をベースに速攻を仕掛けるウルグアイにしても、それらは長い年月によってDNAのように培われ、そしてW杯のような大舞台を何度も経験することで磨かれていったものである。一方で、あえて美しさを封印して現実路線を採用したオランダ、あるいは移民系の若い選手の台頭が目立つドイツにしても、土台となるフィロソフィーに揺らぎはない。だから、スタイルや選手の顔ぶれが変わっても、結局はその国「らしさ」を十分に感じさせるサッカーを見せていた。

 日本がこの場所に到達するためには、どれくらいの歳月が必要なのだろう――そんなことを試合中、たびたび考えてしまった。ご存じの通り日本代表の岡田武史監督は、事あるごとに「ベスト4を目指す」ことを標ぼうしてきた。もっとも、この高すぎる目標設定に対して、私はずっと懐疑的であり、ことあるごとに批判もしてきた。日本の現状を考えるなら「もっと現実的な目標に軌道修正すべき」というのが私の主張だったのである。
 ところが、結果として日本がグループリーグを突破し、ベスト8進出を懸けてパラグアイと対戦した際、「ベスト4」という高い目標が有効に働いたことは認めなければならない。そう、私は間違っていたのである。ベスト16に到達した時点で、それでも「ここで満足してはいけない」という新たなモチベーションを注入するという点において、岡田監督の判断は正しかったのだ。加えて、日本がパラグアイを破る可能性はそれなりにあったわけで、もし準々決勝でスペインと対戦した場合、「ベスト4」という目標は、疲弊し戸惑う選手たちをさらに勇気づけたことだろう。今はただ、己の不明を恥じるばかりである。

 とはいえ、現実のベスト4の戦いを目の当たりにすると、やはり日本との彼我の差を思い知らされる。岡田監督率いる日本は、ポゼッションサッカーでアジアを戦い、W杯直前になって堅守速攻サッカーに大転換を図ることで望外の成功を収めた。だが今の日本は、およそスペインにもウルグアイにもなり切れてはいないし、今後どちらの方向に進むかも今は定かではない。いずれにせよ、岡田監督が掲げた「ベスト4」という目標は、今大会では少なからず効力を発揮したと言えるが、現実にベスト8目前まで日本が戦えることが証明されたことで、今後は違った意味を帯びたミッションとなりそうな気がする。

 もちろん、容易な目標ではない。今大会に関して言えば、ドイツは4強の常連だが、オランダは12年ぶり、ウルグアイは40年ぶり、スペインに至っては60年ぶりの快挙であったのだから。日本は確かに「ベスト4」を目指して戦った。だが当然ながら、日本が目指していたものと、実際に現場で目の当たりにするものとの間に、すさまじいギャップが感じられたのも事実である。緊迫したセミファイナル2試合を取材し終えて、今さらながらに、この場の立つことの重みと厳しさを噛みしめている。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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