「不思議なスペイン」の決勝進出=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月7日@ダーバン)

宇都宮徹壱

ドイツ・ブンデスリーガ対リーガ・エスパニョーラ

家族総出で南アまでやって来たスペインサポーター。初の決勝進出に向けて気合は十分 【宇都宮徹壱】

 大会27日目。前夜から寝る間もなく、早朝5時にケープタウンの宿を出て空港に向かい、もうひとつの準決勝の会場であるダーバンに向かった。この日7日は当地でドイツとスペインが激突する。会場のダーバン・スタジアムといえば、先月19日にオランダ対日本の試合が行われているが、もうずいぶんと昔のことのように思えてならない。日本はベスト16で帰国することとなったが、オランダはその後も勝ち進み、ついに32年ぶりの決勝進出を果たした。その対戦相手が、この日決まるわけである。インド洋に面したダーバンは、冬でも温暖な地域。試合直前の気温は18度、湿度は84%と発表された。

 さてドイツとスペインと言えば、2年前のユーロ(欧州選手権)2008決勝と同じカードである。結果は、フェルナンド・トーレスの決勝ゴールでスペインが勝利し、見事欧州王者となった。あれから2年。スペインは監督がアラゴネスからデルボスケに交代したものの、中核となる選手の顔ぶれも、ポゼッション重視の戦術もほとんど変わらず、よく言えば「ブレない」、悪く言えば「ややマンネリ」というチーム状態でここまで来た。対するドイツは、レーブ監督が続投したものの、最近は若手の積極的な起用が目立ち、キャップ数60以上のベテランと、ひとケタの若手が共存する新たなチームが誕生。戦術的にも、スピードを生かしたカウンターという新たな要素が加わり、グループリーグ突破後は、イングランド、アルゼンチンを相手にいずれも4ゴールを挙げて勢いに乗っている。

 そのドイツは、新進著しいミュラーがサスペンションで出場できず、代わりに右MFにトロホウスキを起用。対するスペインは、ここ5試合1トップで起用され続けながら、結局1ゴールも挙げられなかったトーレスがスタメンから外れることとなった。これまで5ゴールを挙げているビジャを左から1トップへ、空いた左にペドロが入るという布陣。初の決勝進出に向けて、ついにデルボスケはトーレスをベンチに置く決断を下した。ちなみにリバプール所属のトーレスが外れたことで、ドイツもスペインもスタメン全員が国内リーグ所属の選手で占められることとなった(ドイツのボアテングはマンチェスター・シティへの移籍が決まったが、FIFA=国際サッカー連盟=の記録上は「ハンブルガーSV所属」となっている)。これはこれで極めて珍しいことで「ドイツ・ブンデスリーガ対リーガ・エスパニョーラと」いう構図で試合を楽しむこともできそうだ。

パスミスが目立つドイツとシュートが入らないスペイン

スペインはプジョル(中央)のゴールでドイツに勝利。W杯初の決勝進出を決めた 【ロイター】

 試合は、序盤からスペインがポゼッションで圧倒。ドイツは15分くらいまで、ほとんどボールを触らせてもらえない時間帯が続いた。その後、カウンターを仕掛ける場面も見られるようになったが、スペインほどはパスの精度がないためミスが目立ち、すぐさま相手ボールになってしまう。対するスペインは、ビジャを1トップに据えることで前線に流動性が生まれ、幾度となくチャンスを演出してはシュートを放ち続ける。こうなると、先制ゴールは時間の問題のように思われたが、これがなかなか入らない。ドイツ守備陣の粘りもあるが、スペインのシュートの精度のなさも気になるところ。前半のシュート数は、スペイン6(枠内2)に対してドイツは1(同1)。スペインの美しいパスが無駄に消費されるような展開のまま、両者スコアレスでハーフタイムを迎える。

 後半13分、いよいよスペインが猛攻を仕掛けてくる。イニエスタとのワンツーから、左サイドバックのカプデビラが抜け出してクロスを供給。シャビ・アロンソのポストからペドロがシュート。いったんはドイツ守備陣がブロックするも、スペインはすぐさまパスをつないで、イニエスタがGKとディフェンスラインの間に際どいクロスを送る。これにビジャが反応するも、あと一歩届かず。ネットを揺らすには至らなかったが、どこからでもチャンスを作る、その攻撃のぶ厚さとパス交換の正確さは、まさに圧巻であった。ドイツも後半はポゼッションを持ち直すものの、右サイドで攻撃のアクセントを作れるミュラーの不在はやはり痛かった。チャンスらしいチャンスと言えば、後半24分のポドルスキからのクロスを、途中出場のクロースがダイレクトで反応したシーンのみ(GKカシージャスがセーブ)。それ以外は、ほとんどがスペインの時間帯であった。

 そして28分、この試合唯一のゴールが生まれる。コーナーキックのチャンスにDFのプジョルが頭で飛び込んで、ボールはゴール右へ突き刺さり、スペインが先制。リーガでは、ほとんど得点のなかったプジョルのゴールは、確かに意外ではある。だがそれ以上に、ビジャ以外の得点者がそれまでイニエスタしかいなかったのも、これまた意外であった。その後もスペインは、さらなるゴールを目指してドイツ陣内に殺到するが、なかなか得点には至らない。結局、この試合でスペインは13本のシュートを放ちながら(ドイツは5本)、3試合連続で「ウノ・セロ(1−0)」という結果に終わった。スコアだけ見れば、イタリアのカテナチオのような戦い方をイメージするだろうが、実際にはポゼッションとシュート数で相手を凌駕(りょうが)しながら、このスコアである。「相手に攻撃の機会を与えない」という面では確かに成功しているが、それにしてもゴールがあまりにも少なすぎる。今大会のスペインは、本当に不思議なチームである。

この展開を予想できたのはタコだけ?

夜のダーバン・スタジアム。この会場も準決勝を最後にW杯開催地としての役割を終える 【宇都宮徹壱】

 かくして、若さと勢いに溢れるドイツを打ち破ったスペインが初のワールドカップ(W杯)決勝進出を果たし、11日にヨハネスブルクのサッカーシティにて、オランダとのファイナルに臨むこととなった。どちらが勝っても初優勝。W杯80年の歴史の中で、ようやく8番目の優勝国が誕生することになる。

 それにしても、準決勝前に予想した「決勝はウルグアイとドイツ」という私の予想は、またしてもかすりもしなかったわけだが、では「オランダ対スペイン」という、この夢のような決勝のカードを予想した人は、果たしてどれだけいただろうか。
 最近になって知った話だが、ドイツの水族館で飼われているタコが、今大会のドイツの勝敗をすべて的中させているという。彼(パウルという名前なので)は、グループリーグでのセルビア戦での敗戦、そして決勝トーナメントでのイングランド戦とアルゼンチン戦の勝利を的中させた上で、スペインには敗れると予言。これまた見事に的中させている。「タコにしか予想できないW杯」――何ともしまりのない話であるが、ある意味、今大会の本質を突いているような気がしないでもない。

 準決勝が終わると、大会は再び2日間のノーゲームデーとなり、あとは10日の3位決定戦、そして11日の決勝を残すのみである。せっかく海沿いのリゾート地で休日を迎えられるのだから、ここはひとつインド洋にわが身を浸しながら、タコの心境になってみるのも悪くないかもしれない。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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