オレンジは熟した、いざW杯初優勝へ=中田徹の「南アフリカ通信」

中田徹

「優勝したら国が機能しなくなる」

オランダ国内は大変な盛り上がりを見せるという。スタジアムにも大勢のサポーターが駆けつけた 【Getty Images】

「すっげぇー!」。アムステルダムの映像を見た瞬間、頭の中がぶっとんだ。
 僕は今、南アフリカにいるから、どうしてもオランダの盛り上がりというのがピンと来ない。そこでオランダに住む友人たちに電話をしては雰囲気をつかんでいるのだが、「ともかくテレビニュースの映像をインターネットで拾った方が早いよ」とアドバイスされて、早速チェックすると、確かにすごいことになっていた。アムステルダムにあるミューゼウム広場だけでも8万人(日本では4万人と報道されているらしい)ものオランダ国民が集まり、遠く南アフリカでプレーするオランダ代表を応援していたのだ。

 ウルグアイ対オランダの準決勝は20時30分キックオフ。オランダと南アフリカに時差はないが、南アフリカが完全に夜なのに対し、アムステルダムはまだ日が残っている。そんな薄明るい広場がロッベンの3点目で爆発するなんて、映像からビンビンにライブ感覚が伝わってくる。
 オランダの盛り上がりがピンと来ないのは選手たちも一緒だが、その映像を見せられたカイトやロッベンは想像を超す盛り上がりにちょっとウルっときていた。

 電話で話した友人の家は、オランダの田舎町にあるが、試合が終わるとそれぞれの家からブブゼラの「ブォォ〜ッ」という音や、「カンピユレーン(チャンピオン)、カンピユレーン♪」という歌が聞こえてきたそうだ。
 また別の友人も田舎町に住むが、20時30分キックオフの試合の場合、19時半ごろから町がディスコ化しているという。「家がオレンジ色のもので飾られていないと村八分状態になる」状況だという。ちなみに友人が楽しみにしていた教会のオルガンコンサートは「オランダ代表の試合と同じ時間じゃ、どうせ客が来ないから」と中止になったらしい。
「オランダが優勝したら国が機能しなくなる」。先に出てきた友人はこう言って笑った。
 今回のオランダ代表は世界各国のメディア、識者(中にはオランダ人からも)から「攻撃的でない」と批判を受けているようだが、当のオランダ人からすれば「そんなの関係ない」という盛り上がりようなのである。

強烈なエゴを持つ選手たちが一丸に

主将ファン・ブロンクホルストは7月11日の決勝が現役最後の試合となる 【Getty Images】

 今季のクラブシーンは、インテルとバイエルン・ミュンヘンによるチャンピオンズリーグで幕を閉じたが、そのクライマックスの舞台にスナイデル(インテル)、ロッベン、ファン・ボメル(共にバイエルン)という3人ものオランダ代表選手が立っていた。

 しかし今季開幕前、レアル・マドリーに所属していたオランダ代表選手の状況は惨憺(さんたん)たるもので、スナイデル、ロッベン、フンテラールは放出され、ファン・デル・ファールトは妻シルビーのがん治療もあって残留を決意したものの、「君に出場機会はないよ」とクラブから宣告されていた。しかも当初はファン・デル・ファールトには背番号すら与えられていなかったのだ。だが、レアル・マドリーのオランダ人粛清の対象者4人は、それぞれに違う場所で自らの居場所を見つけて頑張った。

 ファン・ペルシも足首の負傷が長引き、復帰まで時間がかかってしまった。ヨーロッパリーグのベスト4に残ったものの、リバプールのカイト、バベル、ハンブルガーSVのマタイセン、エリアはチーム事情に苦労した。
 イングランドで2季目を迎えたデ・ヨングは、今季マンチャスター・シティで確固たる地位を築いた。アトレティコ・マドリーで右サイドバックを務めることが多かったハイティンハは、エバートン移籍によってセンターバックとしてレベルアップを果たした。

 ステケレンブルフは昨季の不調から脱し、今季はアヤックスの堅守に大貢献した。ファン・デル・ビールは軽い脳振とうを理由にオランダ代表のオーストラリア遠征を辞退したが、アムステルダムのラップコンサートに出かけたのがバレて軽めのバッシングを受けたが、今やオランダ1の右サイドバックに成長した。
 ウルグアイ戦で左35度からの強烈なミドルシュート(これは今季KNVB=オランダサッカー協会=カップ、PSV戦のコピーのようなゴールだった)を決めた35歳のファン・ブロンクホルスト主将は、7月11日の決勝戦が現役最後の舞台となる。

 ファン・マルワイク監督はオランダ代表の背番号「1」から「11」、そして「23」の12選手に主力選手としてのクレジットを与え、レギュラーを固定したままワールドカップ(W杯)を戦っている。1人1人の今季を振り返ってみると、サッカー選手として、もしくは人として“個”をレベルアップさせた、“個”を熟成させた者ばかりだ。
 本来、強烈なエゴを持つオランダの選手たちがチームワークを優先させ、W杯優勝に一丸となっている。そんなオランダ代表を、オランダ人は理想のサッカーをいったん片隅に置いて応援している。タレントたちの脂が乗り切った今こそが、W杯優勝の時だと。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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