涙と怒りのブラジル、心はすでに2014年へ=“理性の喪失”で屈辱の敗退

大野美夏

帰国後に待っていたもの

オランダ戦の退場で非難を浴びるフェリペ・メロ(中央)は警察やガードマンらに守られて帰国した 【Photo:ロイター/アフロ】

 試合直後のミックスゾーンで、選手たちは泣きはらしたような目でインタビューに答えていた。痛恨の失点を喫したGKジュリオ・セザールは目を真っ赤にしながらも、真摯(しんし)に自分のミスを認め謝罪した。そんな彼に対して、帰国の際、サポーターたちは空港で「よくやった」と声をかけた。
 しかし、フェリペ・メロに対してだけは違った。「W杯で敗退したことは申し訳ない。でも、あのプレー(ロッベンを踏みつけた行為)は、普通のことだ。僕がもしも、本気でぶつかっていったなら、ロッベンの足は壊れていただろう。でも、彼は普通に歩いていたじゃないか。負けたのは、みんなの責任。誰だって、人間はミスを犯すものだ」と涙を流すこともなく言ってのけたことが、余計に反感を買った。

 ブラジルに帰国したときも、フェリペ・メロは身の危険を感じたのだろう。ロナウドがツイッターで「フェリペ・メロはブラジルでオフを過ごさない方がいいだろう」と警告していたのだが、リオ・デ・ジャネイロの空港で警察とガードマンと父親にがっちり守られ家路に就いた。フェリペ・メロはツイッターで「僕の話を聞く前に、裁くのはやめてほしい」と訴えたが、ロッベンを踏みつけている映像が証拠としてある以上、弁解は難しい状況だ。新聞の採点では、最低の「1」(10点満点)という厳しい評価もあった。

 ドゥンガに対しては、ベスト8での敗退という惨めな結果に、圧倒的に批判が多いが、中には称賛する人たちもいる。「ブラジルサッカー史上最高の監督。ディシプリン、セレソンに対する愛、勝率約8割と文句なしの成績も収めている。彼の仕事がうまくいかなかったという情報は間違っている。よくやった、ドゥンガ!」とたたえる声もあれば、一方で「もうドゥンガはいらない。暗黒時代は終わった。あんなサッカーは見たくもない。あんなものはブラジルのサッカーじゃない」と容赦ない糾弾もあった。
 それでも、自宅のあるポルト・アレグレに戻ると、ドゥンガは空港で「よくやった」と迎えられた。彼は、ブラジルの敵だが、ガウーショ(リオ・グランデ・ド・スール州)の誇りなのだ。

 帰国したドゥンガを待っていたのは、1本の電話だった。CBF(ブラジルサッカー連盟)のリカルド・テイシェイラ会長は電話でドゥンガに解任を伝えたという。素っ気ない解任文書がCBFの公式サイトに掲載されたが、そこにはこう書かれている。
「2006年8月からの体制を終了し、スタッフは解散。新体制は7月末までに発表する」

新チームは18〜20歳くらいの若い選手で編成

 テイシェイラ会長は「2014年の地元開催のW杯に向けたリノベーション(改革)が必要だ。新しいチームは、今18〜20歳くらいの若い選手で編成する。8月10日に決まっている米国とのフレンドリーマッチには、リノベーションが始まっていないといけない」とドゥンガが避けた若手起用を主張。また、新監督については、「多くの名前が挙がっているが、現時点での優先権はない。まだ、誰とも話をしていないが、クラブとの掛け持ちはなし。A代表と五輪代表の両方を指導してもらう」と説明した。

 新監督候補には、ルイス・フェリペ・スコラーリ(パルメイラス監督)、マノ・メネーゼス(コリンチャンス監督)、レオナルド(ミラン前監督)、バンンデルレイ・ルシェンブルゴ(アトレチコ・ミネイロ監督)などの名前が挙がっている。その中で、世論で最も大きな支持を集めるのは、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督だ。しかし、彼はパルメイラスの監督に就任したばかりで、契約も2012年まであるため難しいと言われている。レオナルドは、欧州での経験を期待する人もいれば、ドゥンガ同様、監督としての経験の少なさを心配する人たちもいる。

 あれほど街中が熱に浮かされたお祭りもあっけなく終わった。ドゥンガを敵とみなし常に食って掛かったブラジル最大のテレビ局、グローボは局を挙げてW杯取材に取り組み、20時の人気ニュース番組のメーンキャスター、ファチマ・ベルナルデスが南ア入りして毎日現場から生中継をしていた。そんなお祭り騒ぎも、ブラジルの敗退で終了。W杯はまだ終わっていないが、ブラジル人にとってのコッパ(W杯)は終わったも同然。敗戦から約1週間が経ち、カナリア色のユニホームを着る人ももういない。

 今回の早すぎる敗退は、ショックが大きかった。だが、同時にブラジル人はこうした状況にも慣れていて、「こんなもの。次に行こう!」と前向きだ。
 フェリペ・メロは、間違いなくセレソンに戻ることはないだろうし、新聞、テレビ、ラジオ、ネットでは、まだまだ反省や批判が続くが、人々の心はすでに2014年に向かっている。
 あんなに泣いていた娘が、敗戦の数時間後にセレソンの作文を書いた。「大丈夫。エクサ(W杯6回目の優勝)は、2014年に延びただけ。ブラジルは最高のチーム!」。この明るさがブラジルの救いだ。

<了>

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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