涙と怒りのブラジル、心はすでに2014年へ=“理性の喪失”で屈辱の敗退

大野美夏

「ドゥンガのバカ! フェリペ・メロのバカ!」

理性を失ったブラジルはオランダに逆転負け。まさかのベスト8敗退を喫した 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 オランダ戦のハーフタイムに「ブラジル強すぎ」とメールをしていたわたしは、まさか1時間後にあんな結末を迎えるとは、とても想像できなかった。いや、わたしだけでなく、ブラジル中の、世界中の誰もが前半を見て、ブラジルの勝利を確信していたはずだ。元代表のロナウド(コリンチャンス)も、ツイッターでハーフタイムにこうつぶやいている。
「ブラジルは素晴らしいチームだ。相手陣内に襲い掛かり、何重ものマークをかいくぐった。こんなチームはほかにない!! 前半はよくやった」

 それなのに、後半、戦況はジェットコースターのように一変した。しかも、延長戦にもつれることもなく、90分で片がついてしまったのだ。あまりにあっけない敗北に言葉はなくなった。一緒に見ていた娘は、涙が溢れて止まらない。どれほど多くのブラジル人が悔し涙を流したことか……。と同時に、「ドゥンガのバカ! フェリペ・メロのバカ!」と叫んだことだろう。
 翌日、新聞各紙の見出しを飾ったのは、悲しみと屈辱の言葉だった。

「第二のドゥンガ時代は終わった(第一は90年W杯の敗退)」(『フォーリャ・デ・サンパウロ紙』)
「われを見失ったチーム」(『フォーリャ・デ・サンパウロ紙』)
「(ドゥンガが怒っている写真を掲載して)いまさら怒っても仕方ない」(『ジョルナウ・ダ・タルジ』)
「(フェリペ・メロがロッベンを踏みつけた写真を掲載して)これが敗北の絵だ」(『エスタード・デ・サンパウロ』)
「天国と地獄 フェリペ・メロ」(『アゴラ』)
「(ロビーニョがロッベンに向かってほえる写真を掲載して)ドゥンガのセレソン(ブラジル代表)は、理性を失った」(『アゴラ』)
「“ドゥンガのブラジル”が敗退」(『エスタード・デ・サンパウロ』)
「すべてが足りなかった」(『ランセ紙』)
「『責任はみんなにある』とドゥンガ」(『エスタード・デ・サンパウロ』)

選手たちのナーバスさは尋常じゃなかった

ブラジルの選手たちは明らかにナーバスだった。そのため、敗因は“理性の喪失”といわれている 【ロイター】

 前半と後半のブラジルは、まるで別のチームだった。あまりの変ぼうぶりに、こんなジョークさえ、飛び出したほどだ。
「ハーフタイムにオランダがブラジルの選手たちに薬でも盛ったのでは?」と。
 というのも、ブラジルにはワールドカップ(W杯)で苦い思い出があるからだ。1990年W杯イタリア大会のアルゼンチン戦、この試合中にサイドバックのブランコが、マラドーナが用意した睡眠薬入りの水の入ったボトルを飲んだため、急激な睡魔に襲われパフォーマンスを落として敗れた(マラドーナは14年後に認めた!)。
 当然、今回は“水”などなかったのだが、ハーフタイムにいったい何が起こったのか? ドゥンガは何を言ったのか? または、言うべきことを言わなかったのか? 話題はその点に集中した。

 翌日の新聞の見出しからも分かるように、敗因は“理性の喪失”と指摘されている。試合中、テンションが上がるのは普通だとしても、ブラジルの選手たちのナーバスさは尋常じゃなかった。オランダのプレーに、審判の笛にピリピリしたのは、フェリペ・メロだけではない。そんな仲間たちを落ち着かせることのできる選手がピッチにいなかったことも痛い。そしてピッチの外では、ドゥンガがベンチの屋根を激しくたたいたり、かみつかんばかりに叫んだり、選手と同じようにイライラモード全開なのがはっきりと分かった。
『ランセ』紙では、コラムニストのロベルト・アサフィが「緊張を切らさないようゲームをコントロールできる選手がいなかった」と指摘した。

 さらに、人選ミスとも指摘されている。厳しい戦況にぶつかったとき、状況を一変してくれるタレントのある選手が不足していた。ブラジルには十分にクオリティーの高い選手がいるではないかと思うかもしれないが、グループリーグなら余裕で通用しても、ノックアウトステージの生きるか死ぬかになったとき、ブラジルにとっての“武器”はベンチにいなかった。
『フォーリャ・デ・サンパウロ』紙の戦術論者、パウロ・ビニシウス・コエーリョは「前半のボール支配も、ほとんど中盤より後方でのパス回し。このチームは、カウンターが得意だったが、それが機能しない場合、こちらがボールポゼッションでゲームを支配し、徐々に相手の陣内に詰め寄るという戦い方もあった。ドゥンガはベンチを見回したが、それができる選手はどこにもいなかった。策は尽きた」と分析した。

 もちろん、多くの人がドゥンガと同時に、フェリペ・メロに責任があるとも指摘する。前半ロビーニョのゴールをアシストしたフェリペ・メロは、後半になると悪魔に変身。まさに、天国と地獄だった。しかし、彼は急に悪魔に変わったわけではない。フェリペ・メロについては、ポルトガル戦の野獣ぶりに多くの批判が出ていた。そしてオランダ戦でも、テレビ中継でアナウンサーが「早くフェリペ・メロを交代させろ。さもないと、あいつはとんでもないことをするぞ!」と声を荒げていた。ロッベンを踏みつけてボールを奪ったフェリペ・メロにレッドカードが出たのは、そう叫ばれた矢先の出来事だった。
 この退場劇に選手たちは動揺を隠せず、ドゥンガはなすすべなく、船が沈没していくのを怒りながら見るしかなかった。

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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