ザンブロッタが語るアズーリ崩壊の理由

ザンブロッタがイタリア代表のW杯敗退について、率直な気持ちを語った 【Photo:Maurizio Borsari/アフロ】

 イタリア代表のDFジャンルカ・ザンブロッタは6月29日、地中海に浮かぶスペインのフォルメンテラ島にいた。イビサ島の南に位置し、美しいビーチが広がるリゾート地だ。ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会はまだ、ラウンド16が行われているところである。だが、前回大会の覇者イタリアは、パラグアイ、スロバキア、ニュージーランドと同居したグループリーグで2分け1敗の最下位となり、屈辱の中で早々に大会から姿を消していた。
 守護神ジャンルイジ・ブッフォンがヘルニア痛で第1戦の後半以降はベンチからチームを見守らざるを得なかったこと、司令塔のアンドレア・ピルロの負傷からの回復が遅れたこと……。“アズーリ”(イタリア代表の愛称)に打撃を与えた要因はいくつかあった。だが、今大会は3試合すべてで先制点を献上し、4得点5失点。4年前は7試合で2失点だった伝統の守りは、もはや見る影もなかった。

 今大会、ザンブロッタは3試合すべてにフル出場した。33歳のベテランDFは、代表チームの惨敗の原因をどのように考えているのか。ヨハネスブルクでの敗戦からわずか5日、その胸中を聞いた(取材日:6月29日 インタビュアー:クリスティアーノ・ルイウ)。

歯車は完全に狂ってしまっていた

――ジャンルカ、あの無惨な敗退から5日が経ったわけだけど、どう? 少しは落ち着いた? 今の率直な胸の内から、まずは聞かせてもらえるだろうか

 残念……だよ。この5日間、満足に眠れていないしね。今はまだ心の整理がつかない。こうして海を見ていても、なんだかこう……あの悪夢がよみがえって来るような気がするんだよ。とにかく、自分たちが持っていたはずのポテンシャルを、そのわずかさえも発揮できなかったということが……その理由はまだハッキリとは見えないんだけど、とにかく残念に思っている。ファンの期待を裏切ったこと。イタリアのサッカー界にとてつもなく大きなダメージを与えてしまった責任を、本当に痛烈に感じてるよ。それに、この大会が初めてだった若い選手たちに必要な経験の場を与えてあげられなかったことも、僕らベテランの責任だと思っている。もう少しだけ、多くの経験を彼らに積ませてあげたかった。

 もちろん、そうは言っても、僕らは僕らなりに全力を尽くしたんだけどね。でも、あまりにも軽率なミスが多かったし、その連続の中で、歯車は完全に狂ってしまっていたんだと思う。攻撃にも守備にも少しずつズレが生じていたんだ。そうでなければ、あのスロバキア戦で喫したような失点(スローインからゴールを許した3点目)は絶対にあり得ない。

 ただ、今こうして君と話しながら思うのはね、やっぱり……セストリエーレ(大会前の合宿地)に入った当初から、何と言うか、うまくは言えないんだけど、無意識のうちにね、どこかで連覇をあきらめてしまっていたんだ、と。「おれたちはやれるんだ」という思いが欠けていた。技術とか戦術とかじゃない。選手1人ひとりが内面に抱く思いにこそ、2006年と比べて最も大きな違いがあった。元々テクニックで多くの国に劣るイタリアが、気持ちでも負けてしまうとすれば、もう結果はああなるしかないんだと……。

――つまり、大会が始まる前にして、君たちはこの結果を予感していたと?

 もちろん、そう自覚していたわけじゃないよ。さっきも言ったけど、それはあくまでも無意識のうちに抱いてしまっていた感覚でね。今こうして振り返れば、やっぱりそうだったんじゃないのかと……。具体的には言えないんだよ。というか、何か具体的な理由があったというわけではないんだ。

 06年のイタリアは、決して大会前から優勝候補に挙げられていたチームじゃなかった。むしろ今回と同じように、おそらくは早期敗退が確実だと言われるチームにすぎなかったんだ。4年前はそうした予想を覆すことができたわけだけど、それを可能にしたのはやっぱり、「おれたちはやれるんだ」というわき上がって来るような思いだったんだよ。これをメンバー全員で共有してこそ、初めてチームは自分たちの限界を超えることができる。ひとつ上のレベルに達することができるんだ。

 もちろん、そう思えるようになるには、いくつもの、それこそ無数の要素がそろう必要があってね、決して何かひとつに集約できる話じゃないんだよ。と、こう話しながら、でも実際のところ、自分が何を言おうとしているのか良く分からないというのが本音なんだけどね……(苦笑)。とにかく、今はまだ混乱しているんだよ。

誰もがどこかで相手を甘く見ていた

合宿地に入った当初から「どこかで連覇をあきらめてしまっていた」とザンブロッタは言う 【Getty Images】

――連覇が不可能だとしても、前回王者であるイタリアにとって、せめてグループリーグの突破は責務であったはずだが

 もちろんその通りだ。みんなが、それこそメディアもファンも、そしてこのチームにかかわったすべての者たちが――もちろん僕ら当事者も含めて、あのグループを勝ち上がることは当然だと考えていた。むしろ、できないはずはない、と。
 だけど、これもまた今にして思えばなんだけどね、そこに致命的な失敗があったと思うんだ。要するに、ありきたりの言葉になってしまうんだけどね、それは油断にほかならなかったんだと。誰もが「楽に勝てる相手はいない」「わずかでも集中力を欠けば、一瞬にしてやられる」。そう繰り返していたけど、現実には、誰もがどこかで相手を甘く見ていたんだよ。そうとしか思えない。

 あのドイツがセルビアに、それにスペインまでもがスイスに不覚を取ったようにね。いまや、各国の力の差は本当に拮抗(きっこう)しているから、わずかな綻びが、それこそ致命傷になる。これだけ守備のレベルが相対的に高まっている中では、先に点を取られると戦い方は本当に難しくなる。

 そして、ドイツやスペインがあの敗戦を糧にチームを立て直したのとは対照的に、僕らは初戦(対パラグアイ)に引き分けた後、気を引き締めるどころか、むしろまったくの逆と言うべき精神状態に陥ってしまっていた。要するに、「OK、この試合(パラグアイ戦)は勝ち点1で十分だ」「あのニュージーランドにおれたちが負けるはずはない」と……。まったくもって愚かな考え方を、あくまでも無意識のうちにだけどね、誰もが抱いてしまっていたように思う。
 だからむしろ、あの初戦でイタリアは負けるべきだったんだと。今さら言っても仕方がないんだけど、そうあらためて思うんだよ。少なくとも僕らは、目を覚ましていただろうね。緩んだ気持ちは劇的に変化していたはずだと……。

――ところが、その負けるはずのないニュージーランドに引き分けた。開始早々に先制点を許し、辛うじてPKで同点に追いついたものの、内容は……

 最悪だった。あれだけ相手が引いて守っていたとは言ってもね、それでも言い訳は許されないよ。僕らは良いプレーを見せられなかった。むしろ、ふがいないプレーに終始してしまった。それだけのことだ。もちろん、監督のせいでもシステムのせいでもない。チームとして、持っている力を発揮できなかった。

――そして迎えた第3戦、引き分けでも上に進めるという状況下で、しかしまたしてもイタリアは先制を許し、半ば自滅的に自らを追い込んでいく。あの前半の45分間は、とにかく「見るに堪えない」内容だった

 その通り。あんなにひどい45分間は、この僕の長いキャリアの中でもほかにない。それが紛れもない事実だよ。引き分けでもいいイタリアと、勝つ以外にないスロバキア。違いは明らかだった。でも、もうそれを今になって言ってもね……。率直に言って、今回のイタリアは戦う前から既に負けていたんだと思う。

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著者プロフィール

1979年2月19日、ミラノ出身。98年よりイタリアテレビ局、テレロンバルディア勤務。2000年よりブレシア番、03年よりユベントス番を務めた後、05年からミラン番記者。『Voi Stadio』『Azzurro Italia』で司会を務め、また『ESPN Classic』『RTL 102.5』『Radio 24』記者も兼務。『Eurocalcio』などのサッカー誌などへの寄稿も多数

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