悪役ウルグアイ、健闘むなしく=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月6日@ケープタウン)

宇都宮徹壱

「悪役」ウルグアイと、南アから支持されたオランダ

グリーンポイント・スタジアムに向かう人々。ようやくW杯ならではの雰囲気を味わうことができた 【宇都宮徹壱】

 大会26日目。いよいよこの日から準決勝である。大会も残すところ、あと4試合。6日は、ここケープタウンのグリーンポイント・スタジアムで、ウルグアイ対オランダの準決勝が行われる。どちらが勝っても決勝進出は久々の慶事。オランダは1978年のアルゼンチン大会以来、ウルグアイに至っては自国開催した30年の第1回大会以来である(彼らが2度目の優勝を果たした50年大会は「決勝リーグ」方式だったため、決勝戦自体がなかった)。どちらが勝っても、まさに歴史的な快挙と言えよう。

 キックオフ4時間前、投宿しているB&Bから徒歩でスタジアムに向かう。近場の宿を押さえておいて正解だった。スタジアムに向かう大通りには、オランダのナショナルカラーであるオレンジ色を身にまとった人々で溢れ返っている。オレンジの波濤(はとう)に身を委ねながら、カメラのレンズを向けると、皆が嬉々とした表情でポーズを取ってくれた。ああ、これこそがワールドカップ(W杯)の雰囲気なんだよな――と、ひとり納得している自分がいる。今大会はあまりにも治安に意識がいきすぎて、お祭り騒ぎを楽しむ余裕がなさすぎたように思う。幸い、ここケープタウンは国内有数の観光都市であり、スタジアムも街中にあるため、ようやくW杯らしい雰囲気を満喫することができた。その意味で、当地で2試合を観戦できたのは、本当に幸運であった。

 キックオフ1時間前、グリーンポイント・スタジアムの記者席に到着する。最初にピッチに登場したのはウルグアイ代表。すぐさまスタンドからブーイングが飛ぶ。今大会、彼らはすっかりヒール役に収まってしまったようだ。グループリーグでバファナ・バファナ(南アフリカ代表の愛称。「子供たち」の意味)を奈落の底に突き落とし、アフリカ勢で唯一、決勝トーナメントに進出したガーナに対しては、土壇場での故意のハンドでPK戦に持ち込んで勝利を手にしたことが主な原因であろう。「とにかく勝てばよい」という南米的価値観は、アフリカの人々にはどうにも相容れないものがあったようだ。同じ南半球に暮らしていても、アフリカの人々は南米に比べてはるかに純朴であるような気がする。

 さて、アフリカ勢がすべて敗退した今、南アの人々が最もシンパシーを感じているのは、間違いなくオランダ代表である。何しろ、この国で初めて本格的な植民を行ったのはオランダ人であり、この国の主要言語のひとつであるアフリカーンス語は、オランダ語をルーツとしている。こうなると、ホームアドバンテージは間違いなくオランダにあり、ウルグアイは完全にアウエー扱い。実際のところオランダは、かなりのアドバンテージを持って、この日のセミファイナルに臨むことができたのである。

ゲームの流れを変えたスナイデルの「疑惑のゴール」

オランダはファン・ブロンクホルスト(左)、スナイデル(右)のゴールなどでウルグアイに勝利し、決勝進出を果たした 【ロイター】

 前半は両チーム共に素晴らしいゴールを挙げて6万人の観衆を熱狂させた。先制したのはポゼッションで勝るオランダ。18分、何でもない中盤でのパス回しから、左サイドでボールを受けたファン・ブロンクホルストが意表を突いたロングシュートを放ち、ゴール右上隅をたたいてネットを揺らす。ウルグアイも負けてはいない。41分、中央でパスを受けたフォルランが、左に切り返してシュートコースを作ると、そのまま左足で強烈なミドルを決めてみせる。GKステケレンブルフも必死で手を伸ばすが、弾道はグローブをはじいてそのままゴールイン。フォルランはこれで今大会4得点目だが、PKを除く3ゴールはいずれも美しく、しかも重要な局面で決めているのだから、本当に非凡としか言いようがない。前半は両者譲らず、1−1で終了する。

 後半もオランダがポゼッションで優位に立つも、ウルグアイは持ち前の球際の強さと的確なカバーリングでしっかり対応。しばらくこう着した状態が続く。この均衡が崩れたのが、後半25分のオランダの勝ち越しゴールであった。ペナルティーエリア付近でボールを持ったスナイデルのシュートに、ファン・ペルシが反応。結局、ファン・ペルシが触れることなくボールはゴールインとなったが、問題はそのポジションとプレーの関与である。リプレー映像を見る限り、スナイデルのシュートの瞬間、ファン・ペルシは半身がオフサイドラインに引っかかっていた。加えて、ボールには触れていないものの、彼のアクションは明白に「シュートを打つ気満々」であったことが分かる。となれば、スナイデルのゴールはオフサイドの判定を受けてしかるべきであった。しかし主審も副審もオランダのゴールを認め、ボールはそのままセンターサークルに戻された。

 その後、28分にオランダはロッベンが豪快なヘディングシュートを決め、さらにロスタイムにはウルグアイがマキシミリアーノ・ペレイラのゴールで1点差に詰め寄るなど、最後まで目が離せない展開が続いたが、結局オランダが3−2で逃げ切りに成功。78年のアルゼンチン大会以来となる決勝進出を果たした。試合後、喜びを爆発させるオランダの選手やサポーターの姿を見ていると、何とも感慨深い気分になる。しかしながら、限りなくオフサイドのにおいがするオランダの2点目については、やはり誤審の疑念をぬぐえない。もしあのゴールが無効になっていたら、試合の流れは大きく変わっていただろうし、スナイデルが得点王争いでビジャと並ぶこともなかっただろう(現在、共に5ゴール)。一方で、故意のハンドで準決勝進出を勝ち取ったウルグアイが「罰せられた」と考える人も少なからずいるかもしれない。だが、ジャッジに因果応報を求めるのも、どうかと思う。すっかりヒールとなってしまったウルグアイだが、むしろ今大会の彼らの健闘ぶりは十分に称賛されるべきである。

オランダ戦を1失点で終えた日本について

40年ぶりとなるベスト4進出を果たしたウルグアイ。「オレンジを食ってやる」とサポーターも気合十分 【宇都宮徹壱】

 そんなこんなで、いろいろと割り切れない気持ちを書き連ねている間に、どうやら予約していたタクシーが到着したようだ。これから朝一番の飛行機に乗って、もうひとつの準決勝が行われるダーバンに移動しなければならない。あまり時間がないのだが、最後にひとつだけ、どうしても言及しておきたいことがある。

 言うまでもなくオランダは、われわれ日本とグループEで同組だった強豪である。そして彼らはここまでの6試合、ただ一度を除いて、いずれも2ゴール以上を挙げて勝ち進んできている。その「ただ一度」が、グループリーグ第2戦の対日本戦であり、この時オランダは1−0で辛勝している。確かにロッベンが不在だった、というエクスキューズはあるかもしれない。しかしながら、その条件はデンマーク(第1戦)もカメルーン(第3戦、この試合は途中出場)も同じであることを考えるならば、今大会における日本の守備力は、もっと評価されてしかるべきではないか。もしオランダがこのまま優勝でもして、ファン・マルワイク監督から「最も困難な試合は日本戦だった」というコメントが得られたなら、私たちにとってこれ以上の賛辞はないだろう。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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