「リトマス試験紙」のような準決勝=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月5日@ケープタウン)

宇都宮徹壱

「歩いて食事に行く」ということについて

ケープタウンのウォーターフロントは平和そのもの。「南アは危険」という報道は何だったかと、あらためて思う 【宇都宮徹壱】

 大会25日目。5日もノーゲームデーなので、マンデラ元大統領が長年監禁されていたというロベン島を観光しようと思ったのだが「予約がないとフェリーに乗れない」と聞いて断念。結局、ダーバンに移動するチケットの確保のために空港に行ったり、メディアセンターで作業をしたり、いろいろと雑務をこなしているうちに夕方近くになってしまった。それなら「今日こそ美味(うま)いモノを食うぞ」ということで、同業者とメディアセンターからほど近いウォーターフロントまで歩いて、ポルトガル料理を堪能することにした。

 それにしても「歩いて食事に行く」という行為自体が、本当に久しぶりである。ヨハネスブルクを拠点としていたころは、車での移動が基本だったし、連日試合だったのでゆっくり食事をしている時間さえもなかった。そんなわけで、ケープタウンとダーバンで行われる準決勝は、まずは人間らしく食事を味わおう、というのがひとつの重要なテーマになっていた。これにもうひとつ、「歩いて」という重要な要素が加わる。というのもヨハネスブルクの拠点は、街から離れていたことに加えて治安面での不安もあって、なかなか歩いて食事に行くことができなかったからだ。

 もっともケープタウンに関しては、少なくとも日がまだあるうちは、歩いて食事に行くことはまったく問題はない。夜も人通りのある道を2人以上で歩くぶんには、ある程度のリスクは回避できるだろう。要するに、一般的な海外旅行とさほど変わりはない、という話である。ニューヨークでもパリでもローマでも「旅行者が行ってはいけない場所」や「注意を怠ってはいけない場所」というものがある。「世界一暮らしやすい街」と言われるバンクーバーにしても、薬物常習者がたむろする極めて危険な一角があり、間違って入り込んで慌てて脱出したことがあった。そうした経験に照らしてみれば、ここケープタウンは「歩いて食事に行く」ことについては、何ら問題はないと言えよう。

 結局のところ「南アフリカが危険」という報道は、ヨハネスブルクのごく一部の状況が、思い切り拡大解釈されて流布されたとしか考えられない。確かに大会が始まった当初は、ジャーナリストが強盗に遭ったという報道もあったが、それとてグループリーグ以降はまったく聞かれなくなった。つまり、現地の状況にきちんとアジャストすれば、大抵のリスクは回避できるということである。サポーターもまたしかり。もし身近に今回のワールドカップ(W杯)を観戦した人がいたなら、どれだけ現地が「危険」だったのか聞いてみるといい。おそらく彼らは「危険」よりも、むしろ「感動」や「驚き」といった、日常では得難いポジティブな経験を得て帰国しているはずだ。結果として、そうした機会を奪ってしまった「南アは危険」という誇張された報道のあり方については、大会後にきちんと精査されるべきであろう。

6日から始まるセミファイナルを展望する

「若さゆえの勢い」があるドイツがスペインを下し、決勝に駒を進めるか? 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 さて、6日からはいよいよセミファイナルである。この機会に、展望について開示しておくべきだと思うのだが、こうした予想は当たった試しがない。ちなみに、半年前に執筆した某ガイドブックでの私のベスト4の予想は「ブラジル、アルゼンチン、コートジボワール、南ア」であった。結局のところ、かすりもしなかったわけである。とはいえ、逆に「オランダ、ウルグアイ、ドイツ、スペイン」の4強入りを予想した人は、果たしてどれだけいたのだろうか。もちろん、ドイツやスペインに思い入れがある人は、それぞれひいきのチームの躍進を信じて疑わなかっただろう。それでも、この並びをイメージできた人は極めて少数であったはず。もっと言えば、ベスト4にブラジルもアルゼンチンもいない状況を予想できた人は、果たしてどれだけいただろうか。

 今大会の予想を難しくさせていたのは、やはり「アフリカ開催」という前代未聞の状況が大きかった。アジアで行われた2002年大会では、当時「優勝候補」と目されていたフランス、アルゼンチン、ポルトガルが相次いでグループリーグ敗退。その一方で、韓国やトルコといったアウトサイダーが大物食いをして4強入りする中、ブラジルとドイツという南米と欧州の雄はしっかり勝ち残っていた。してみると今大会は、地の利を生かしたアフリカ勢と、南半球の強豪(すなわち南米)がベスト4を占めるのではないか――と予想した次第であるが、結果はご存じのとおりである。

 あらためて、4強の顔ぶれを私なりに整理してみると、こうなる。オランダは「理想主義から現実主義へ」。ウルグアイは「とにかく勝てばよい」。ドイツは「若さゆえの勢い」。スペインは「美しさの現状維持」。こうして見ると「南米対欧州」という構図以前に、それぞれが方向性を明確にしていて、これはこれで非常に興味深いと思う。と同時に、これらの4チームに特に肩入れしていない人でも、その思想ゆえにサポートしたくなるチームがおのずと決まってくるのではないか。換言するなら、この準決勝以降、どのチームにシンパシーを感じるかによって、その人の「サッカー観」があらわになるという、さながら「リトマス試験紙」のような準決勝になりそうな気がしてならない。

 というわけで、このW杯準決勝の展望を肴(さかな)に、自身の「サッカー観」を確認してみるのも一興であろう。半年前の予想を外しまくった私の予想は、ウルグアイとドイツの決勝である。オランダとウルグアイの「現実」をめぐる戦いは、一切のロマンを排したウルグアイが競り勝つと見る(もしかしたらPK戦になるかもしれない)。一方、ドイツとスペインによるユーロ(欧州選手権)08決勝以来となる対戦は、ドイツの勢いが、スペインの現状維持を打破するのではないか。
 いずれにせよ、残すところあと4試合。もはや私たち日本人は蚊帳の外ではあるが、それでもサッカーファンとして、まだまだ大会を楽しむ権利は保証されている。それぞれのサッカー観にのっとって、残り少なくなったW杯を大いに楽しもうではないか。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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