岡田ジャパンが土壇場で果たした「日本化」
アジアでは攻撃型、W杯では守備型

オシムから岡田へ、この4年間の流れ

岡田監督はW杯直前の惨敗を受け、守備重視へと切り替える。結果的にこの策が成功した
岡田監督はW杯直前の惨敗を受け、守備重視へと切り替える。結果的にこの策が成功した【スポーツナビ】

 今から4年前の2006年ワールドカップ(W杯)・ドイツ大会、日本は1分け2敗でグループリーグ敗退に終わり、イビチャ・オシム監督が就任して4年後の2010年を目指すことになった。オシムは「日本のサッカーを日本化したい」と述べ、この「日本化」は新しい日本代表のキーワードになる。

 チームを編成する上で選手の特徴を把握してそれを生かすのは鉄則だが、監督によって何に着目し、生かそうとするのかは違いが出てくる。日本選手の特徴としては運動量、止める蹴るの技術、敏しょう性などがあるが、07年アジアカップでオシムが作ったのは、3人のプレーメーカー(遠藤保仁、中村俊輔、中村憲剛)を併用した創造性を生かそうとする攻撃的なチームだった。


 その年の終わりに病に倒れたオシムに代わり、岡田武史監督が就任する。岡田監督は前監督時のメンバーを引き継ぐ形でスタートしたが、やがて「オレ流」に変化した。中村俊、長谷部誠の欧州組を加え、遠藤をボランチで起用、FWに小柄でスピードのあるタイプを重用するなど、メンバー選考と起用法に岡田色を出していった。

 とはいえ、オシムと岡田のチームに外見上大きな違いがあったわけではない。どちらもアジア相手の試合で圧倒的なボールポゼッションを維持していたのが共通する特徴だった。アジアカップのオシム監督下の代表は、圧倒的に攻め込むわりには得点が取れなかった。オシムは攻撃のスピードアップによって打開しようとしていたが、その途中でチームは岡田に引き継がれた。岡田監督は、「接近・展開・連続」「インナーゾーンへのつなぎ」「ニアゾーンの攻略」など、さまざまなアイデアを打ち出して攻撃力のアップを図る。


 W杯予選をさほど危なげなく通過したものの、岡田監督下のチームはアジアカップ時の課題を克服できないまま、つまり攻め込み回数は多いが崩せない、さほど点が取れない状態は変わらなかった。W杯イヤーの2010年に入ると、攻撃の停滞だけではなく、カウンター時の守備の脆さという問題点が顕在化していった。東アジア選手権で中国にドロー、韓国に負け。その後のバーレーン戦に勝利したが、セルビアに完敗。不安を抱えたままW杯メンバーの選考が終わり、壮行試合の韓国戦でリベンジを期したが、またも惨敗を喫してしまう。ここまでがW杯直前までの大まかな流れである。

直前の守備型シフトが奏功する

日本はW杯で強固な守備を披露したが、今後は攻撃面での向上が課題となる
日本はW杯で強固な守備を披露したが、今後は攻撃面での向上が課題となる【ロイター】

 韓国に完敗した後、岡田監督は戦術を守備重視へシフトした。それまでの前方からのプレスを中心とした守備ではなく、ハーフウエーラインから後方に引いて守備ブロックを作る形をメーンにした。フォーメーションは4−2−3−1から4−1−4−1に変わり、阿部勇樹が4バックの前の「1」に起用される。また、サイドのMFには守備を助け、カウンターで推進力となるタイプの選手が必要になり、松井大輔と大久保嘉人がレギュラーに定着する。それまでチームの中心だった中村俊輔は先発から外れた。また、中村俊とのコンビで攻撃力に定評のあった内田篤人も起用されなくなった。


 この守備重視の戦術は成功した。ゾーンディフェンスのポジション修正の的確さ、それを几帳面(きちょうめん)に続けるディシプリンの高さとスタミナ、そうした日本選手の特徴が主に守備面で発揮された。日本の守備は非常に堅く、GK川島永嗣の好守もあってW杯本大会の4試合で2失点しかしなかった。しかし、この戦法にもいくつかの課題があった。

 自陣での守備時間が多くなるので、自陣でのファウルが増えて相手にFKの機会を与える。中澤佑二、田中マルクス闘莉王のセンターバックは高さがあるものの、敵の長身選手がゴール前に集まってくる状況で空中戦対応に不安があった。攻撃時には起点が後方になるので、前線にキープ力のあるターゲットマンがいないと押し上げにくい。さらに攻撃の手数が少なくなるので、決定力の高いFWがいないと点が取れない。引いて守るのは、必ずしも日本にとって最適な戦法と言えない面もあった。


 しかし、1トップにキープ力のある本田圭佑を起用することで、ある程度攻撃の形を作ることができた。高さに関しては、相手が中澤と闘莉王を外したボールをさほど使ってこなかったこともあって持ちこたえられた。

 W杯開幕までの短い時間で、堅守速攻のチームに再構築した岡田監督の手腕、選手たちの適応能力は素晴らしかった。日本は土壇場で現実の要請にしたがって「日本化」を果たしたと言える。一方、それまで岡田監督が描いていたであろう攻撃面での進歩は果たせなかった。オシム前監督は「チームがクリエーティブであるためには監督がクリエーティブでなければならない」と言ったことがあるが、岡田監督は創造性を生かすチーム作りにはもともと不向きだったと思う。W杯の戦法は追い込まれたが故の次善の策だったかもしれないが、結果的にそちらの方が実は最善だったのかもしれない。


 今後の課題は攻撃力の向上だ。守備は強固だったが、奪ったボールを敵陣へ運ぶ過程でのミスが多い。本田、松井、大久保は個人技で奮闘したが、ファウルをもらうだけでなくシュートまでつなげる攻撃力が欲しかった。2対2や3対3でボールを運ぶ力を高めていく必要がある。

 アジアでは攻撃型、W杯では守備型という戦い方が今後も続いていくとすると、W杯では世界でもトップレベルのストライカーの有無がベスト16以上の条件になりそうだ。ウルグアイのフォルラン、スアレス級の選手がいれば、パラグアイには勝てたのではないか。逆に、堅守速攻型でベスト16以上を狙うにはトップレベルのFWなしでは難しいかもしれない。


<了>

西部謙司
西部謙司

1962年9月27日、東京都出身。サッカー専門誌記者を経て2002年よりフリーランス。近著は『4−4−2戦術クロニクル』『サッカー観戦Q&A』。タグマにてWEBマガジン『犬の生活SUPER』を展開中

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