何もない一日=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月4日@ケープタウン)

宇都宮徹壱

ケープタウンでの休日

喜望峰にある巨大な岩山では、多くの観光客が記念撮影に興じていた 【宇都宮徹壱】

 大会24日目。準決勝が行われる6日までは試合がないので、この日は完全に休養日。前日に一緒にヨハネスブルクから移動してきた同業者と観光を楽しむことにした。ケープタウンといえば、絶対に外すことができないのが、市内どこからでも見えるテーブルマウンテン、そして喜望峰であろう。もっとも、ワールドカップ(W杯)でこの地を訪れている人々も、おおよそ同じことを考えているようで、テーブルマウンテンはあまりの渋滞で頂上への到達は途中で断念。喜望峰もドイツ語とスペイン語で溢れていて、記念撮影用の看板の前には長い行列ができていた。

 念のため申し添えておくと、喜望峰周辺は「アリバイ用」の看板が置いてあるだけで、あとは巨大な岩山と海が広がるだけの、本当に何もない土地である。要するに、単なる記念撮影スポットでしかない。加えてここは「アフリカ最南端」というわけでもなかったりする(よく誤解されていることだが、アフリカ最南端の岬は喜望峰ではなく、アガラス岬である)。それでもここに多くの観光客が訪れるのは、その知名度とともに「もう二度とこの地を訪れることはあるまい」という、ある種の諦念に後押しされるからであろう。

 南アフリカを訪れるには、まずその地理的な遠さに加えて「世界一の犯罪多発地帯」というイメージを乗り越える必要がある。そのハードルさえクリアすれば、南アはこれ以上なく素晴らしい観光地であると誰もが感じることができるはずだ。ただ、それでは今後いつ、この地を再訪するかとなると、きっと誰もが答えに窮することであろう。それほどかように、やはり南アという国は欧州からも南米からも、ましてやアジアからも、非常に遠い。人々が試合の合間に思い出作りに奔走する心理も、何となく分かる気がする。

 喜望峰の駐車場に「決勝のチケットを売ります」という張り紙を見つけた。書いたのは、前日ドイツに敗れたアルゼンチンのサポーターであろうか。そういえば、ちょうど翌週の日曜日(11日)はもうファイナルだ。残すカードは4試合。本当にあと1週間、あと4試合で今大会は終了してしまう。いつも以上に、時間の流れが速く感じるのもまた、毎日何かしらの驚きが待っている、南アならではのことであろうか。いずれにせよ、今はゆっくりと体を休めながら、残された大会の日々に向けて英気を養うこととしたい。本日の日記も「何もない一日」ということで、これにて失礼させていただく。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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