オランダ指揮官の策は“動かない”こと=中田徹の「南アフリカ通信」

中田徹

自己防衛の意識が極端すぎる?

オランダ対ブラジルという好カードとあって、スタジアム周辺は盛り上がった 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 ポートエリザベスのホテル、レストランが集まる地域は町の西側。スタジアムは東側にある。その中間ほどに町のセントラル(中心街)があるのだが、シャトルバスはそこを迂回(うかい)する。高速道路脇沿いに連なる工業団地の建物や、ビジネスビルの多くは、ガラスが割れて活気がない。聞くとこの辺は“グレーゾーン”と呼ばれている、やや危険地域なのだそうだ。
 シャトルバスは20分ほどでスタジアムへ着く。そこへ荷物を預けて身一つになり、歩いて町のセントラルへ向かってみる。スタジアム近くの高速道路からブラジルのサポーターを乗せたバスが一般道へ降りてくると、南アフリカの人々が「頑張って!」とまるで選手に声をかけるかのようにサポーターを応援し、彼らも笑顔で手を振りながら返してくる。

 そんな微笑ましい風景もスタジアムからほんの1〜2キロまでのことだった。メーンストリートのゴバン・ムベキ通りをただひたすら西へ西へと70分ほど(だから7キロほどだろう)歩いてマルクト広場までやって来たが、そこにブラジルのサポーターもオランダのサポーターも、外国からの観光客もまったくいなかった。ホントにここはワールドカップ(W杯)開催都市なのだろうか!? そう思えるほど、ポートエリザベスのセントラルは普段通りの雰囲気だった。

 さすがにスタジアムへは徒歩でなく、白タクをつかまえて戻ったが、スタジアムの周囲はまさにビッグゲーム独特のムンムンとした熱気がこもっていた。ブラジル人、オランダ人、そして南アフリカ人が音楽に合わせてダンスを踊り交友するさまは、これぞW杯というべきものだった。
 しかしW杯の熱気は町のセントラルを通過しない。町が爆発していないのだ。
 ポートエリザベスを一人散策して思ったのは、平日の昼間なら危険はないだろうというもの。そもそもここはガイドブックにも乗るような町である。地図を片手にウロウロしても大丈夫そうだ。

 今回のW杯は観戦客やジャーナリストが徹底した自己防衛を図り、町の真ん中を素通りしてしまっている。そのおかげかあまり物騒な事件は聞かないが、ヨハネスブルクを除いてプラプラ歩いている僕からすると、ちょっと自己防衛の意識が極端すぎるんじゃないかなと思う。
 ここ、ポートエリザベスの人々は、「おれたちは南アフリカで一番親切だと言われている」と胸を張る。そのホスピタリティーをスタジアムの周辺、ホテルの周辺だけで済ますのはもったいない。

“準々決勝のブラジル戦”が明確な目標だった

オランダは優勝候補筆頭のブラジルを逆転で下し、4強一番乗りを果たした 【ロイター】

 オランダ対ブラジルという屈指の好カードは、2−1でオランダが勝った。ブラジルが優勝の有力候補なのに対し、オランダはダークホースである。キックオフの笛が鳴ると、明らかにブラジルの方が優勢で、前半よくぞオランダは1失点で済んだと思えたものだ。しかし、ファン・マルワイク監督の下、オランダ代表の合言葉は「我慢」「安定性」「悪い内容の試合でもきっちり勝つ」である。ブラジル戦のオランダはこの合言葉を忠実に実行し、前半の悪い内容を後半にしっかり修正して勝ち切った。

 W杯予選も含め、オランダは相手に先制されたことがない。つまりビハインドを負った状態でいかに点を取りに行くか、そこが未知数だった。
 今回のオランダにはフェネホール・オフ・ヘッセリンクやクーフェルマンスのような長身の“ブレーク・アイザー(砕氷船、砕氷機という意味)”と呼ばれるストライカーがベンチにいないため、かつてのような放り込み作戦も取ることができない。ストライカーのフンテラールを投入するのか、それともアフェライやファン・デル・ファールトのような選手を入れて中盤を厚くするのか。しかしファン・マルワイク監督が取った策は、“動かなかった”ことだった。

“3番”のマタイセンがアップ中の負傷で、急きょ“13番”のオーイヤーが先発したオランダだったが、ほかはGKステケレンブルフからFWロッベンまで、1から11までの背番号がピッチに並んだ。これぞオランダのベストメンバーと、ファン・マルワイク監督が自信を持ってピッチに送り出したイレブンである。
 スロバキア戦までの4試合、オランダは8枚のイエローカードを受けていたが、誰一人2枚目のイエローカードを受けることなくここまでやって来た。それだけオランダのイレブンは、レギュラーナンバーの重みと責任感をよく理解していた。

 今回のオランダはセントラルMFのファン・ボメルとデ・ヨングのコンビが攻守に重要な働きをしている。2人とも闘志あふれるファイターで、ピッチの至る所で激しいスライディングタックルを仕掛ける選手だが、共に自分の良さを失わないまま冷静にカードを避ける努力もしてきた。デ・ヨングはブラジル戦でカードを受けて準決勝に出場できないが、ファン・ボメルはここまでイエローカードがゼロである。

 こうした努力は多かれ少なかれ、今回のオランダイレブン全員に言えることである。それはなぜか。みんなブラジル戦のピッチに立ちたかったからである。グループリーグの組み合わせとトーナメント表が明らかになってから、オランダにとって最初の難関が準々決勝だということは分かっていた。ピークはグループリーグではなく、決勝トーナメント1回戦でもない。ブラジルかポルトガルと当たるであろう準々決勝に持ってこないといけなかった。オランダの選手たちは自分をコントロールしながら2枚目のカードをもらわないよう、そこまで心がけていたのである。

 規律に優れたチーム同士の戦いは、後半になってからブラジルが荒れ、フェリペ・メロの自滅とも言えるような退場もあり、オランダが勝った。オランダにとっては、“準々決勝のブラジル戦”が明確な目標となっており、そこに向かって一丸となってグループリーグから戦っていたのだから、ちょっとのことで規律を失うことはなかった。
 ファン・マルワイク監督が1点を失っても動かなかったのはうなずける。まだまだ時間がたっぷりあったことも確かだが、彼にとってはブラジル戦のメンバーは信頼の置けるベストの11人だったからである。
 ブラジルとの激戦の結果、ファン・デル・ビールとデ・ヨングを準決勝で失うことになったオランダだが、それが新たなオランダの闘志となるだろう。2人を決勝戦の舞台に立たせようと――。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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